企業における重要な意思決定の過程でデータや情報を活用し、競争力を高めるアプローチである「インテリジェンス活用」が注目されている。2024年10月29日(火)から31日(木)までの三日間にかけて開催されたオンラインイベント「NRIセキュアカンファレンス/経営とセキュリティを『読み解く』~不確実性の時代に必要なインテリジェンス活用~」(主催:NRIセキュアテクノロジーズ)では、このインテリジェンス活用について、セキュリティやAIなどの観点を交えて、専門家が多角的な視座を提供した。本稿では、Day1(10月29日(火))のNRIセキュアテクノロジーズ 代表取締役社長 建脇 俊一氏による開会の挨拶と、早稲田大学ビジネススクール教授の入山 章栄氏による講演「企業競争力を高めるインテリジェンス経営について」のエッセンスをお届けする。

求められる多面的でスピード感のある意思決定

 まずは、NRIセキュアテクノロジーズ 代表取締役社長の建脇俊一氏から、「開会挨拶」として、経営におけるインテリジェンス活用の重要性についての説明と、NRIセキュアテクノロジーズの紹介があった。

NRIセキュアテクノロジーズ 代表取締役社長 建脇 俊一氏

 NRIセキュアテクノロジーズは「コンサルティング」「DXセキュリティ」「ソフトウェアソリューション」「マネージドセキュリティサービス」の4つの事業をコアとしている。そして、収集・分析したサイバー脅威情報や、先進対策技術、国内外の法規制状況などのセキュリティ関連情報を、高度な“セキュリティインテリジェンス”として蓄積。それらを活用した高品質で的確なセキュリティサービスを提供している。

 昨今、技術進化やデジタル規制の強化など、ビジネス環境が大きく変化している。経営者は、このようなパラダイムシフトに対応しながら、新しいビジネスの創出と競争優位性の確立に向けた意思決定をすることが求められている。これは2023年3月に発効した「サイバーセキュリティ経営ガイドラインVer3.0」(経済産業省)や、2024年10月発効の「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン」(金融庁)などを見ても明らかだ。

 多様化・複雑化したサイバーリスクに対応し、その精度を上げるには、インテリジェンスを活用した経営判断が不可欠だ。インテリジェンスの活用が、経営全体に対して多面的でスピード感のある意思決定の要となる。

 NRIセキュアテクノロジーズは顧客の課題解決と事業成長に貢献するため、2024年1月に「インテリジェンスセンター」を設置し、セキュリティ関連の情報を収集・解析して経営の意思決定を支援する取り組みを行っている。


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高度な意思決定に“インテリジェンス”は不可欠

 続いて、早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏による講演「企業競争力を高めるインテリジェンス経営について」だ。

早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授 入山 章栄氏

 インテリジェンスとは、一般的には意思決定をするための情報の収集、精査、整理のことだと定義される。重要なのはアクションのための意思決定であるという点だ。そして、高レベルな意思決定をするには、それに応じたより高レベルな情報の収集精査、整理が必要になってきている。

 PDCAサイクルを回していては追いつかないほど変化の早い今の時代には、観察(Observe)→状況判断(Orient)→意思決定(Decide)→実行(Act)という“OODAモデル”が有効だ。そして、今まさにこの“OODAモデル”にAIに代表されるデジタルが流れ込んできている。「これからのインテリジェンスは、AIなどのデジタルでできることと、人ではないとできないことを明確に線引きする必要がある。それを前提に、経営者は組織や戦略、そして人材育成を考え、行動変容すべきだ」と入山氏は述べる。

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 特に生成AIはビジネスにおいて3つの軸で活用できる。「知識軸」「抽象軸」「表現軸」だ。圧倒的な知識量を圧倒的に効率よく抽象化し、圧倒的にわかりやすく表現する。質問をすれば、知識をとりまとめ、文章や図、グラフで適格に素早く表現する。こういった点において、人間は生成AIに及ばない。そのため、人間は生成AIを活用していくことが必須となるが、それを前提に、“OODAモデル”でイノベーションを起こすことが重要だ。

イノベーションの本質である“知と知の組み合わせ”

 イノベーションはどのようにしたら起こるのか。その本質は90年近く前から経済学者 ヨーゼフ・アロイス・シュンペーター(1883~1950)が指摘している通り、「知と知の組み合わせ」だ。一人の人間が持ちうる知は限られる。別の人間がいても、何十年も同じ業界、同じ場所で働いていれば、持ちうる知の組み合わせはとうに終わっている。そこから脱却するには、自分から遠くにある知を観察し、持ち帰り、すでに持っている知と組み合わせるような試みが必要だ。これが「知の探索」だ。“トヨタの生産システム”も、アメリカのスーパーマーケットの仕組みを見たエンジニアが発案したものだ。そして、広く「知の探索」をし、様々な組み合わせを試して、ここだと決断したらその一点を効率化するという「知の深化」を進める。

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 イノベーションを起こせる確率が高いのは、この知の「探索」と「深化」が高いレベルでバランスさせることができている組織や人である。これは、世界の経営学のコンセンサスになっている。いわゆる“両利きの経営”だ。しかし、企業はどうしても「深化」の方に偏りがちだ。「探索」には人も金も時間もかかるため、眼の前の利益に結びつきやすい「深化」に比べると、非効率に感じられてなおざりになり、それが結果的に、中長期的なイノベーションの枯渇を誘発する。

「知の探索」の“お手本”に学ぶ

 日本でイノベーションが起きないのはこれが要因だ。しかし、「知の探索」には生成AIなどデジタルを活用できる時代になっている。

 三井化学のようにすでに活用を始めている日本企業もある。化学に関する基礎研究は、主に世界各地の大学機関で進められており、大勢の研究者が非常に多くの論文を書いている。それらをすべて人が読むのは不可能だ。しかし今、論文はデジタル化されているため、生成AIであれば限界無くそれらを読み続けることができる。同様に、論文以外の特許情報やSNSでの化学関係の発信もインプットできる。そうやって集めた情報をマッピングすると、化学という広い分野のどこに、まだ誰も手を付けていない有望な市場があるかが人目でわかる。

 日本企業は生成AIをどのようにインテリジェンス経営に使うべきか。そのお手本のような使い方だ。

「発想力は、移動距離に比例する」これは、ゴーゴーカレーの創業社長である宮森宏和さんの座右の銘だ。卓越したイノベーターである彼が好むこの言葉が意味するのは、「知の探索」をするうえでもっと手っ取り早いのは自分自身を遠くに移動させることだ、ということだ。行ったことのないところへ行き、会ったことのない人に会う。すると、現場でしか会えない人、現場でしか話せない話の存在に気づく。

インフォーマル、インナーサークルは人間の出番

 さて、AIは情報収集能力に長けているが、取得不能な“知”もある。その1点目は「暗黙知」と呼ばれるものだ。例えばその場の雰囲気など、人がその場に行かなければ感じ取れない情報がそれに該当する。それから2つ目は「インフォーマル情報」、3つ目は「インナーサークル情報」だ。

 デジタル時代、AIが取得できるデータは、いうまでもなくデジタル化された情報だ。基本的には企業のニュースリリースや特許、論文などのフォーマルな情報がそれにあたる。一方で、重要な情報ほどデータ化されず、インターネットでも公開されていない。「インフォーマル情報」は、信頼関係がなければ得られない。「実はこんな事を考えている」といった話などは、親しい人と食事をしているときに出てくるものであって、公式サイトには掲載されない。

「インナーサークル情報」も同様だ。シリコンバレーは非常に狭いインナーサークルだ。現地にはサンドヒルロードという通りがあり、そこには世界屈指のベンチャーキャピタルが集結している。そこで働く人たちは近所のカフェで顔見知りになって、個人として信頼関係を構築し、そこでしか得られない情報を得ているのだ。しかし信頼関係の構築には時間がかかる。たいていの日本企業はせっかく派遣した社員を2、3年で赴任先から日本へ戻してしまうため、このインナーサークルに入れるほどの信頼関係を築くことができていないケースも多い。

 デジタルに置き換えられる部分は積極的にデジタルに置き換え、人間はデジタルには任せられない部分を担っていくべきだ。まさにAIでも取得できない「暗黙知」「インフォーマル情報」「インナーサークル情報」といった情報の獲得は人間にしかできない領域の一つである。そうすることで人間が行う仕事の価値は上がり、そうした人間が集まる企業の価値もまた、上がっていく。

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