ファッション界の友情、支援、ルッキズム

ケイト・モス

 ドキュメンタリーのもう一つの見どころは、ファッション界の人間模様である。

 米「ヴォーグ」編集長アナ・ウィンターや彼女の右腕アンドレ・レオン・タリーといった目利きが、革新的だけれど売れなかった1994年ごろのガリアーノに救いの手を伸ばす。ナオミ・キャンベルやケイト・モスといったトップモデルが、ガリアーノのショーのためにギャラなしで出演する。大富豪に借りた豪邸でおこなわれたその伝説のショーは、ドキュメンタリーのハイライトである。ほかならぬこのショーをきっかけにガリアーノはLVMHとの契約を結ぶことになるので、ガリアーノを押し上げたのがこうした編集者やモデルたちであったことがわかる。

アナ・ウィンター

 全ての仕事が「キャンセル」され、世界から見放されていたガリアーノに復活のための足掛かりを作ったのもやはりアナ・ウィンターであり、ケイト・モスだった。一流の仕事を息長く続ける人には、エゴや損得関係を超えて人に手をさしのべる愛ないし情がある……という感慨が残る。

 一方で、周囲の人に対するガリアーノの無関心が気になる。最も親しい友人で献身的な助手だったスティーブン・ロビンソンが38歳で亡くなったとき、ガリアーノは少し驚きを示した程度で、意外と冷淡に見えた。ロビンソンが、長年ガリアーノに仕えた女性スタッフを「切った」時にもガリアーノは関心を示していない。周囲から受ける愛に対して、返す愛があまりにも小さいようにも見える。天才ゆえの無頓着なのか。

 また、ガリアーノが放った暴言には、民族・人種差別とともに、外見の「醜さ」への侮蔑が含まれていた。ファッション界がたえず、誰がインで誰がアウトになったのかの残酷な判断を下していることを思い出させる。ファッション界は、アウトサイダーだった彼の夢と才能を育んだ避難場所でもあったが、同時に、貪欲なほど美への要求をつきつけ、彼を自己破壊へと追い詰めた場所でもある。ファッションに魂まで浸りきっていたガリアーノの暴言は、ルッキズムが内面化されすぎたあまり無意識の隙をついて出てきた(その瞬間の)本音だったようにも感じられる。

 監督のマクドナルドは、ガリアーノ事件の背景にある真実を探るため、精神科医や反ユダヤ主義を批判する団体の意見をはじめ、ガリアーノと面会したラビや事件の被害者の声も反映させながら、多角的な視点から事件を捉え直している。ある特殊な社会で栄枯盛衰をきわめた一人の人間のあり方から、多様な示唆を得ることができるだろう。