「太夫」「三味線」「人形」の三業(さんぎょう)が一体となって物語を紡ぎだす、日本が世界に誇る伝統芸能、人形浄瑠璃文楽(にんぎょうじょうるりぶんらく)。たったひとりで登場人物すべてを語り分ける太夫、音色のみで場の情景や人物の心情までも表現する三味線、1体を3人で遣う(操る)ことで生身の人間以上にリアルな存在となる人形、この三業が息を合わせてつくりだすドラマは、私たちの心を鷲掴みにし、感動の渦に投げ込みます。そんな文楽の公演が、この秋、現代演劇を上演する新国立劇場小劇場で行われます。さて、どんなケミストリーが生まれるのでしょう?

文=福持名保美 

『夏祭浪花鑑』のクライマックス、長町裏の段の団七。舅・義平次の悪口雑言に耐え続けた団七だが、揉み合ううちに誤って相手を傷つけてしまい…。画像=国立劇場

現代演劇の牙城、クールな空間で文楽の新たな面白さを発見

「へえ、小劇場で文楽やるんだ」

 東京・初台にある新国立劇場オペラパレスでバレエ公演を観た帰り、駅への通路に掲示されたポスターを見て、友人が言った。

「なんか嬉しいね、文楽がシンコクに来てくれるなんて」

 今まで、東京の文楽公演は、半蔵門・国立劇場の小劇場で観るものだった。2023年、国立劇場が閉場してからは北千住のシアター1010(センジュ)と青山の日本青年館ホールで公演が行われてきたが、来たる9月7日~22日の「文楽鑑賞教室/社会人のための文楽鑑賞教室」は、新国立劇場小劇場での開催となったのである。

 オペラやバレエ公演専用のオペラパレス、演劇からミュージカル、ダンス公演まで幅広いジャンルに対応可能な中劇場、そして小劇場と、3つのホールを擁する新国立劇場。なかでも小劇場は現代演劇の牙城ともいえる存在。今年4月から7月かけては、ポーランド出身の世界的映画監督キェシロフスキの代表作のひとつ『デカローグ』全10編を、総勢40名を超える俳優を動員して完全舞台化するなど、硬派な作品を送りだしている。そんな空間で伝統芸能の極みとも言える文楽を観る。どんな演劇体験になるのであろうか。

 昨年閉場した国立劇場小劇場は舞台の間口が13.6mで、東銀座の歌舞伎座の約半分。人間よりはるかに小顔で細身の人形を見るにはちょうどいいサイズで、音響的にも響きがほどよく邦楽に打ってつけ。文楽の技芸員(出演者)たちからも評価が高かった。新国立劇場小劇場(以下、新国小劇場)の舞台の間口は12.7m。国立劇場小劇場よりややコンパクトなので、人形の動きがさらに臨場感を増して迫ってくるはずだ。

 劇場の雰囲気もまったく違う。国立劇場小劇場は、和の伝統を重んじた温かみのある空間。対して新国小劇場は一言でいうと「黒い」。壁も椅子もダークトーンでクールな印象。ホールに足を踏みいれると、体感温度も下がる気がする。絵が額縁によってまったく違って見えるように、ハコ(劇場)が変われば舞台の印象も変わる。伝統芸能である文楽の、演劇としての新しい面白さを発見することができるのではないだろうか。

 そして劇場空間のいちばんの違いは、新国小劇場では客席が階段状に配置されていること。今まで文楽を上演してきた国立劇場小劇場や大阪の国立文楽劇場のフロアは緩やかに傾斜してはいるが、段差はなかった。新国小劇場は後部席からでも舞台が見やすいだけでなく、舞台を見下ろすというのが、今までの公演にはない視点なのだ。

 文楽は正面から舞台とほぼ同じ高さの視点で見るようにできており、舞台構造そのものが通常の演劇とは異なる。人形遣いが動くスペースは「船底(ふなぞこ)」と呼ばれ、客席から見てその手前に「手摺(てすり)」と呼ばれる低い板が設置され、人形遣いの足元が隠れるようになっている。手摺が人形本体にとっての地面となるのだ。新国小劇場の後部席はかなり高くなっているので、人形を遣う様子が違った角度から見え、舞台の仕掛けが観察できたりする楽しみも期待できる。