山本周五郎を大笑いさせた幽霊もの

 第2部の「艶紅曙接拙 紅翫(いろもみじつぎきのふつつか べにかん)」は、にぎやかな舞踊。

 夏の浅草を舞台に、虫売り、朝顔売り、団扇売り、蝶々売りといった、江戸の町に思いをはせられる物売りや、大道芸の角兵衛獅子などが登場する。それぞれに踊りを見せた後、揃っての総踊りで、華やかに幕となる。

 今回の八月公演の芯といえるのは、幸四郎と勘九郎。それぞれの息子たちである人気者のふたり、市川染五郎(19歳)が町娘お高、中村勘太郎(13歳)が角兵衛神吉として登場しているのも注目だ。

 また、昔から変わらず、夏に喜ばれるのは怪談だったりするわけで、今年も幽霊ものが上演される。

 第1部の「ゆうれい貸家」は山本周五郎原作で、昭和34年に初演されている。

 貧しい暮らしに疲れ果てた挙句、働かなくなってしまった主人公の職人・弥六が、辰巳芸者の幽霊に見染められて一緒に暮らし始める。店賃を稼ぐために幽霊貸し出しの商売を始めるというもの。弥六を真人間に戻そうとする女房や大家など長屋の人々が周五郎らしい人情喜劇をくりひろげる。

「普段はにこりともしないことで知られていた山本周五郎が、稽古を観て大笑いしたというこの舞台、納涼歌舞伎の前回上演(2007年)メンバーの息子たちである坂東巳之助(34歳)、中村児太郎(30歳)たちにも期待です」

 

京極夏彦の人気シリーズ書き下ろしに期待が

『狐花 葉不見冥府路行』
著者:京極夏彦 
出版社:KADOKAWA
発売日:2024年7月26日
価格:2,310円(税込)

【あらすじ】

時は江戸。作事奉行・上月監物の屋敷の奥女中・お葉は、度々現れる男に畏れ慄き、死病に憑かれたように伏せっていた。彼岸花を深紅に染め付けた着物を纏い、身も凍るほど美しい顔のその男・萩之介は、"この世に居るはずのない男"だった――。

この騒動を知った監物は、過去の悪事と何か関りがあるのではと警戒する。いくつもの謎をはらむ幽霊事件を解き明かすべく、"憑き物落とし"を行う武蔵晴明神社の宮守・中禪寺洲齋が監物の屋敷に招かれる。謎に秘された哀しき真実とは? 

歌舞伎の舞台化のために書き下ろされた、長編ミステリ。

 今回、初めて歌舞伎のための書き下ろしをしたのは、京極夏彦。累計発行部数1000万部を超える「百鬼夜行」シリーズ最新作として、原作「狐花 葉不見冥府路行(はもみずにあのよのみちゆき)」が7月末に出版されて早くもベストセラーになっている。

 第3部で、原作の書名と同じ「狐花 葉不見冥府路行」として上演。

「今回は、いつものシリーズの主人公・京極堂こと中禅寺秋彦の曽祖父の時代を舞台に書かれました。曽祖父を演じる松本幸四郎は、熱心に新作に取り組んでいて、どんな舞台になるか楽しみですね」

 和服姿でおなじみの京極夏彦は、歌舞伎に詳しいことで知られる。今までの「百鬼夜行」シリーズでも、中禅寺秋彦のせりふのリズムは、歌舞伎の間合いや所作などから影響を受けているという。

 野田秀樹が作・演出した伝説の名作「野田版 研辰(とぎたつ)の討たれ」(2001年)をはじめとして、8月納涼歌舞伎からはたくさんの意欲作が生まれた。8月の歌舞伎座は、新しい歌舞伎の誕生に立ち会えるチャンスでもある。

 

※「あらすじ」は出版社公式サイトほかから抜粋。

※情報は記事公開時点(2024年8月9日現在)。