人気の「髪結新三」を勘九郎が受け継ぐ

八月納涼歌舞伎を上演する歌舞伎座 写真=shutterstock

 暑い季節には、入り組んでいる出し物でなく、観た観客たちがスカッとして帰れるものがいいとされる

 夏らしさを演出するのもお約束。海、川、船、滝、螢などなど。日本人は季節の風物詩が大好き。浴衣、うちわ、蚊帳なども。そして本水(ほんみず)といって舞台に実際の水を使う演出も好まれた。役者が水をかぶることもあれば、雨や滝をあらわすのに大量の水を使うこともあった。

 もうひとつは、ケレンと言われる早替りや宙乗りなど。こうしたもので、客をわーっと喜ばせようというわけだ。

 今年の8月歌舞伎も、楽しませる演目が選ばれている。第2部は、河竹黙阿弥作の人気演目「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)」、通称「髪結新三(かみゆいしんざ)」。

 髪結の新三は、評判の小町娘・お熊と恋仲の手代・忠七に親切そうに駆け落ちをそそのかす。ところが一転、正体をあらわして自分の家に連れ込んだお熊をなぐさんでしまう。十両で娘を取り返そうとやって来た顔役を毒ついて追い返す。しかし、せっかくせしめた身代金三十両の半分を、結局は家主に取られてしまうというストーリー。

 いい人そうにしていた新三が、悪いやつである正体を見せていくといった見せ場もあり、役者たちもやりたがる演目だ。

「新三はワルといっても、大家さんにやられてしまうぐらいの小悪党で、憎めない役どころ。勘九郎の父の十八代目勘三郎も、祖父の十七代目勘三郎も、まじめな優等生ではなく、ちょっとわがままなところもあったりする素顔も含めて観客に愛される役者だった。大家にやり込められてしまうくだりの愛嬌ある姿に、劇場中が沸きました。祖父や父が当たり役としていた新三を、勘九郎がどう受け継いでいくかというところですね。

 先日、尾上菊五郎(81歳)がNHKの長時間インタビューで語っていました。江戸時代以前の武家の社会を描く時代物は、主役が立派につとめればそれでいいところがある。しかし『髪結新三』のような江戸の庶民の生活を描く世話物は、出演者みんなで作っていかないと成立しない、と。

 世話物の多くは、名優五代目菊五郎(1844~1903)が事細かに段取りを書き残してあって、それをふまえつつ公演を重ねていく。役を何百回と演じてやっと段取りが身体に入っていくものだと言っていました。勘九郎もこれから繰り返し演じていくことでしょう」