地方公演は貴重な芸の伝承の機会

 地方公演は、歌舞伎役者にとって、大変なのだといわれる。

「例えば歌舞伎座の音響は、3階席の一番後ろまでマイクなしでせりふが届くように、細心の注意を払って設計されていますが、地方の市民会館ではそうはいきません。楽屋だって使い勝手が悪いでしょう。のどなど体調に注意を払って舞台に上がるまでの毎日のルーティーンを決めているような役者にとっては、ひと苦労だったりします。

 一方、公演が終わったらすぐ荷物をまとめて次の場所に移動して続いていく地方巡業ならではの良さもある。一緒にいる時間も多い上、そんな大変さを共にしていくから、先輩の役者と親しくなり、芸を教えてもらえたりする。こういうことが大事なんですね」

 

失われた歌舞伎の良さが味わえる地方公演

香川県・琴平町の「旧金毘羅大芝居」(金丸座)。現存する日本最古の芝居小屋として、国の重要文化財となっている 写真=shutterstock

 地方の劇場の中には、歌舞伎座では味わえない昔ながらの芝居小屋の空間というおまけをたのしめるところもある。

 最も有名なのは香川県の琴平町にある旧金毘羅大芝居、別名「金丸座」。江戸後期に建てられ、現存する日本で最古の芝居小屋だ。かつて、亡くなった中村勘三郎(1955~2012)がテレビ番組の企画で金丸座を訪れた。せっかくの芝居小屋が見学用の施設になっているのはもったいないじゃないかと言って、1985年、歌舞伎公演を復活させたのが現在の『こんぴら歌舞伎』の始まりだ。

「金丸座では、毎年4月に歌舞伎公演『こんぴら歌舞伎』が行われるようになり、歌舞伎ファンの間では“今年のこんぴらは何だろう”という挨拶が恒例になりました。中村勘三郎の父・十七代中村勘三郎(1909~1988)を始め、金丸座の舞台に立った役者たちの誰もが、これが本来の芝居小屋だと喜び、また出演したいと口をそろえています。

 歌舞伎座の収容人数は1964人。それに対して金丸座は740人だ。

「歌舞伎座はビルの立ち並ぶ東京のど真ん中。そこで芝居をする役者たちは、自分たちの演じている歌舞伎というものが、本来どういうものであったのかを知りたいと願っている。

 現代の商業演劇として成立するために、多くのものが失われたと言われます。大規模な劇場にしたために、舞台が間延びしてしまう、息遣いが伝わらない。地方にまだ残っている昔の芝居小屋やこじんまりしとした劇場ではそれらを取り戻すことができ、役者たちを興奮させるのでしょう」

 古典芸能にたずさわる誰もが、このまま滅びてしまわぬように何とかしたいと考える。

「そうしてたどりつくのが、現代のコンテンツやクリエイターとのコラボといった方向。そしてもうひとつが、もともとこの芸能はどういうものだったかに立ち戻る古典回帰です。

 舞台と観客が近い地方公演では、本来の歌舞伎の良さを味わえる可能性があるといえますね」

 

※情報は記事公開時点(2024年6月27日現在)。