江戸歌舞伎の醍醐味、黙阿弥の七五調
もうひとつの巡業は「十三代目市川團十郎白猿襲名披露巡業」(8月30日~9月27日)。全国18会場で上演される。
「祝成田櫓賑(いわうなりたしばいのにぎわい)」「襲名披露口上」と、團十郎襲名にちなんだ出し物のあとに「天衣紛上野初花~河内山(くもにまごううえののはつはな~こうちやま)」が続く。
「河内山」は、悪党の御数寄屋坊主(おすきやぼうず)・河内山宗俊(こうちやまそうしゅん)が、松江出雲守邸に質屋の娘が愛人にされそうになって幽閉されているのを、200両で請け負って高僧のふりをして奪還に行くという人気の一幕だ。
作者の河竹黙阿弥は、江戸末期から活躍した狂言作者。『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』(白浪五人男)、『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』(三人吉三)、『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』(切られお富)など、今でもたくさんの演目が上演され続けている。
黙阿弥は、江戸歌舞伎の魅力のひとつ、七五調のみごとさで知られる。和歌や俳句に始まって、日本語と最も相性がいいとされる七音五音。そのリズムが連なっていくせりふには、独特の快感を与える力がある。
「松江出雲守に質屋の娘を家に戻すことを承諾させて帰ろうとするところで、たまたま河内山を知る松江家家来の北村大膳に呼び止められ、高僧などではないことがバレてしまう。
現在でも使われる“とんだところへ北村大膳”という掛け言葉(とんだところへ“来た”と“北”)としても有名な場面です。しかし河内山は恐れ入るどころか、悪事に長けた自分は善事にも強い。お上に引き渡せるものならやってみろと居直ってみせるわけです」
ここで、「待ってました!」と大向こうから掛け声がかかり、それまでの高僧のふりとは打って変わったべらんめえ口調で、河内山の有名な七五調のせりふが始まる。
悪に強きは善にもと、世のたとえにも言う如く、
親の嘆きがふびんさに、娘の命を助けるため、
腹にたくみの魂胆を、練塀小路に隠れのねえ
御数寄屋坊主の宗俊が、頭のまるいを幸いに・・・(中略)
此の玄関の表向きおれに騙りの名をつけて、若年寄へ差し出すか
ただしは騙りを押しかくし、御使い僧で無難に帰すか
ふたつにひとつの挨拶を聞かねえうちは宗俊も、
ただこのままにゃあ帰(けえ)られねえ
「黙阿弥は、白浪物(しらなみもの)つまり盗賊を主人公とする狂言を得意としました。悪者がヒーローとして観客の心をつかむのはいつの時代にも共通。鼠小僧しかり、『ルパン三世』しかり。海賊王をめざす『ワンピース』まで、変わらないということですね」
襲名の口上では、市川團十郎による市川家伝来の「にらみ」も。見た人の厄落としになると言われる縁起物、目を大きく見開いた「みえ」は必見だ。