本殿に祀られた素戔嗚尊と稲田姫
鳥居をくぐる前に必ず見ておきたいのは、道路を挟んで向かい側にある「連理玉椿(夫婦椿)」だ。言い伝えによれば、昔、稲田姫が二本の椿の木を植えたところ、地上で一本の木になったことから、夫婦愛の象徴として神聖視されるようになったという。年によっては、一枚の葉が二枚に分かれた珍しい葉も見つかることがあるそうだ。境内には、他にも二本の夫婦椿がある。
境内に入ったら、まずは拝殿の前に立ち、奥にある本殿に祀られた素戔嗚尊と稲田姫にご挨拶しよう。正面からは見えないが本殿は出雲大社と同じ「大社造り」である。特徴は妻入り(切妻屋根の妻の側に入口がある形)、入口は右側で、社殿の中央には心御柱が立てられている。横側に回れば、内部は見えないものの妻入りの形がよくわかる。
本殿の内部には素戔嗚尊、稲田姫命、天照大神など六柱の神を描いた壁画があったが、現在は取り外され、宝物収蔵庫で保管されている。平安時代の宮廷画家によって描かれたというこの壁画は、神社建築史上でも例のない貴重なものだ。一般公開されているので、ぜひ見ておこう。
摂社「山神神社」にもぜひお参りしたい。こちらは山・農耕の守護神、夫婦和合、安産、子宝の神として信仰された神社で、もとは山中にあったのだが、明治ごろに八重垣神社の境内に遷された。小さな社の隣には、巨大な男性器状の柱が祀られている。これぞ五穀豊穣や子孫繁栄のシンボル。この形のご神体が祀られた場所は他にも何か所かあるので、探してみるのも一興である。
そしていったん境内から出て、一般道を渡る。ここが八重垣神社の中でももっとも重要な場所、「佐久佐女の森」だ。素戔嗚尊はこの森の大杉の回りに八つの垣根(八重垣)を造り、稲田姫を隠したのである。うっそうと茂る木々に囲まれた空間に漂う神の気配に圧倒されながら奥へと進むと「鏡の池」と呼ばれる池がある。
ここに隠れていた稲田姫はこの池の水を飲料水とし、また鏡として姿を映したとされる神聖な場所で、奥に稲田姫を祀る天鏡神社がある。神札授与所で占い用紙を受け、その上に10円、もしくは100円硬貨を乗せて池に浮かべる。15分以内で沈んだらご縁が早く、30分以上かかったらご縁は遅い。また、近くで沈めば身近な人と、遠くで沈めば遠くの人とご縁があるとされる。男女の縁だけでなく、さまざまな願いごとを占うこともできるとのことだ。
神々の世界への短い旅を終えて、もと来た場所に戻る。最初に見た夫婦椿の向かいあたりに近藤商店という店があり、男性器と女性器がペアになった「授かり飴」という飴が大人気だ。キャラクター化されてなかなかかわいいが、人前で食べるのはちょっとはばかられるかも知れない。
もしも時間に余裕があれば、夫婦椿と近藤商店の間の「はにわロード」と名付けられた道を歩いて、神魂神社という、これもまた魅惑的な名前の神社にも行ってみたい。この神社の社殿は室町時代に建てられたもので、現存する日本最古の大社造り。神社の建造物としては貴重な国宝指定である。八重垣神社からは徒歩40分ほど。はにわロードの周辺には鹿や馬などの形をいた埴輪のレプリカも飾られ、天気のよい日の歴史散歩に最適である。