徹底的なリサーチを重ねる

 永遠に答えられない疑問、時間とは何か。ではなぜ、ホー・ツーニェンは「時間」をテーマに作品を制作しようと思ったのだろう。ホーはこんなことを話してくれた。

「シンガポールでは2度、時間が変わりました。最初はグリニッジ標準時が制定されたときで、30分の時間調整が行われました。2度めは日本による占領時でした。東京の時刻と合わせるように求められ、シンガポールの歴史は止まり、2時間を失ったのです」

 同じく本展で公開されている《ヴォイス・オブ・ヴォイド―虚無の声》(2021年)という映像作品は、大東亜共栄圏建設について考察した「京都学派」がテーマ。西谷啓治、高坂正顕、高山岩男、鈴木成高の4人が、真珠湾攻撃直前の1941年に座談会「世界史的立場と日本」にて意見を交換する様子が描かれている。鑑賞者はスクリーンの中に速記者という立場で入り込み、京都学派の思想の渦を体感することになる。

《ヴォイス・オブ・ヴォイド―虚無の声》2021年、展示風景 撮影:三嶋一路 
Image courtesy of the artist and Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

 ホーの作品には第二次世界大戦時の出来事に触れたものが多い。だが、そこに反日感情を感じることはない。ただ事実を徹底的にリサーチし、集めた情報をベースに尽きることのない思考を重ねていく。

「20年前に小津安二郎の映画に夢中になりました。調べてみると、小津は1943年にシンガポールへ渡り、『ビルマ作戦 遥かなり父母の国』というプロパガンダ映画を撮ることになったといいます。でも、映画が完成することはなかった。なぜ完成しなかったんだろう。そういうふうに思考を広げていくのです。《時間(タイム)のT》では、小津映画の『晩春』に出てくる“リンゴを剥く”シーンをオマージュしました。娘の結婚を経て、2度と戻れない時間の流れを表しているようで印象的なシーンです」(ホー・ツーニェン)

 

許そう、しかし忘れまい

 ホーの作品を見ると、自分の勉強不足を思い知らされる。日本軍が行った虐殺、いわゆるシンガポール華僑粛清事件について深く学んだことはないし、シンガポールの時計を2時間止めたことも知らなかった。

 シンガポール人が日本占領時代のことを学校教育の現場などで語る時に、よく使われる言葉に「Forgive, but never forget」というのがある。「許そう、しかし忘れまい」。忘れてはいけないのは日本人のほうだろう。