文化・芸術の発信地としての吉原
吉原は性的搾取の場であったが、文芸やファッションなど流行発信の場になっていたこともまた事実。3月の花見、遊女を供養する7月の玉菊燈籠、吉原芸者が屋外で芸を披露する8月の俄。吉原は季節ごとの演出に彩られ、地方からも見物客が訪れる人気スポットになった。
そんな華やかな吉原に浮世絵師たちも心惹かれた。展覧会では国内外の美術館から集めた「吉原」をテーマにした浮世絵を鑑賞できる。遊女・花紫がなじみ客に送る文を記す様子を描いた喜多川歌麿《青楼七小町 玉屋内花紫 せきや てりは》、遊女の突き出し(デビュー)を記念して出版された「若那初衣装」シリーズの一枚・鳥文斎栄之《若那初衣装 かなや内ときわき はるの ときわ》、歌川国貞が座敷持ちの高位の花魁から下級の遊女まで5人の女性を描いた《北国五色墨》。喜多川歌麿の肉筆画で最大級といわれる《吉原の花》も、米国ワズワース・アテネウム美術館から里帰りし展示されている。
こうした珠玉の名品に、いつもであればワクワクさせられるのだが、今回ばかりはまったく心が弾まない。華やかな作品の裏側にはどんな物語が隠されているのだろうか気になってしまい、純粋に作品を楽しむ気にはなれないのだ。
展覧会には浮世絵以外も展示されている。才色兼備で三味線の名手でもあった遊女・玉菊が使っていたとされる《伝 玉菊使用三味線》。多くのなじみ客に愛された人気者だったが、わずか25歳でこの世を去ったという。
日本近代洋画を代表する一枚、高橋由一《花魁》(1872年)もいつもと見え方が異なった。当時、人気絶頂であった花魁・小稲をモデルにした肖像画。これまで作品から小稲がもつ力強さ、逞しさを感じていたが、実は彼女の心中はそうでなかったらしい。小稲は錦絵の美人画特有の理想化されたビジュアルを期待していたが、完成品はそうはならなかった。出来上がった作品を見て、「私はこんな顔じゃありません」と泣いて怒ったそうだ。
日本は「売買春」と真剣に向き合うべき
展覧会の開催にあたって本展学術顧問・田中優子氏が発表した文章は以下のように結ばれている。
「ところで、この4月からは「女性支援法」が施行されます。これは、売春女性を「更生させる」という従来の考え方から、女性たちを保護するという「福祉」へ、制度の目的を変える法改正です。しかし女性が人権を獲得するには、それだけでは足りません。女性だけが罪を問われることは、一方的すぎます。北欧やフランスでは、「買春行為」をも処罰の対象とする法律が制定されています。日本もまたその成立を目指すべきだと思っています。
私はこの展覧会をきっかけに、そのような今後の、女性の人権獲得のための法律制定にも、皆様に大いに関心を持っていただきたいと思っています。」
田中優子氏が述べる通り、日本は「売買春」について深く考えなければならない。日本の性風俗関連産業の市場規模は7兆6636億円(門倉貴史氏の著書「世界の下半身経済がわかる本」より)にも及び、日本は海外から性産業大国として認識されている。「援助交際」や「パパ活」といった言葉も一般的に使われている。どう考えても、異常だ。
純粋な気持ちでアートを楽しめる展覧会であるかどうかはわからない。ただし確実に「考えさせられる展覧会」ではある。