文:金子 浩久
写真:金子 浩久&Volkswagen AG

ゴルフは存在として新しかった

 数年ぶりにフォルクスワーゲン・ゴルフGTIに乗って、惚れ直しました。

 初代から続く「ゴルフの使い勝手の良さを損なうことなくスポーティドライビングを実現する」というコンセプトが見事に現代流に体現されていたからです。

 1974年に初代ゴルフが登場(ということは、2024年は50周年!)した翌75年にGTIは発表され、76年にヨーロッパで発売されています。日本では並行輸入車しか買うことはできませんでしたが、噂は広がっていました。それを聞いた時に、何かとても新しい種類のクルマが生まれ出てきたように思えました。

VW Golf 1st generation
初代ゴルフ

 そもそも初代ゴルフ自体が“存在として新しかった”のです。横置きにした4気筒エンジンで前輪を駆動することによって軽量でコンパクトなシャシー/ボディを実現しながら、何通りにも折り畳み可能なリアシートとテールゲートによって載せる人間と荷物を自在に組み合わせることができました。合理的で活動的なヨーロッパの人々の自動車生活を、クルマの彼方に想像することができたのです。

 それまでフォルクスワーゲン社は空冷4気筒エンジンをリアに搭載するタイプ1ビートルの後継車を長年に渡って模索し続けた結果として、エンジニアリング的には正反対のゴルフを生み出したので、なおさら鮮烈に見えました。

 しかし、当時の日本では、ゴルフの体現した新しい時代のクルマの使い方が必ずしも理解されたわけではなく、輸入販売元のヤナセは苦労したそうです。実際、ゴルフのような2ボックス+テールゲイト付きボディを「ライトバンみたいじゃないか。ワーゲンはいったいどうしちゃったんだ?」と訝しむ声を自分の父親から聞いたことがあります。

VW Golf 1st generation
ハッチバック 可倒式リアシート 4気筒エンジンの前輪駆動 クルマのベーシックな要素はこの時点で揃っていた

 まだ、一般ユーザーが所有するクルマはフォーマルな3ボックス型のセダンが基本で、リアシートを畳んで大きな荷物をテールゲイトから出し入れするという使い方があることを知らなかったのでしょう。ちょっと前の東南アジアや中国などのモータリゼーション勃興期と変わりません。

 クルマのそうした使い方が求められる暮らし、ライフスタイルが存在していなかったのです。

 こんにちのような、顧客がクルマを運転してやって来て1週間分の食料品などを大量に買い物していくことが前提の大型スーパーやショッピングセンターなども例外的な存在だったのでしょう。食料品や日用品などの買い物は徒歩圏内で済んでしまう暮らし方では、クルマは必要ありません。アウトドアスポーツなどにクルマを使う人口そのものも現在よりも少なかったはずです。

 日本は、まだクルマが使用される範囲が狭く、機会も少ない社会だったのです。世の中が、まだゴルフのようなクルマを必要とする段階に達していませんでした。だから、ゴルフの革新性が最初は日本で理解されなかったとしても無理はありません。

VW Golf 1st generation cockpit
初代ゴルフのコックピット

 初代ゴルフが、故・徳大寺有恒さんが後にベストセラーとなる『間違いだらけのクルマ選び』を著すようになったキッカケとなったというのは有名な話です。売れ残って困っている初代ゴルフをヤナセの知人から買って覚醒し、初代ゴルフを基準にしてすべてのクルマを見直し、同書が著されました。

自動車の半世紀を決定づけたゴルフとゴルフGTIのコンビネーション

VW Golf GTI 1st generation
初代ゴルフGTI

 初代ゴルフGTIは、その実用的なゴルフにインジェクション(GTIの“I”)でパワーアップしたエンジンと強化した足回りなどが組み込まれたスポーティ版でした。初代ゴルフそのものが内包していた2ボックス+テールゲートで前輪駆動という“新しさ”に加えて、速さやスポーティドライビングが上乗せさせられるわけですから、魅力的に映らないはずがありません。

 工夫しながら仲間と荷物をたくさん載せてキャンプやスキーに行くこともできるし、スポーティに走ることもできる。

VW Golf GTI 2nd generation
2代目 ゴルフ GTI

 2代目のゴルフGTIが日本でも正規輸入販売された頃には、僕は夏はウインドサーフィンに、冬はスキーに夢中になっていたのでゴルフGTIが欲しかった。自分のクルマの使い方にピッタリだから、いつか買うつもりにもなっていました。

遊び心のあるインテリアのテイストもGTIの特徴

 しかし、縁がなかったのか、タイミングが合わなかったのか、とうとう買わず仕舞いでした。

 ゴルフが一般化させた、2ボックス+テールゲート、横置きエンジンによる前輪駆動というフォーマットは、その後、文字通り半世紀に渡って世界を席巻しました。コンパクトカーの標準フォーマットとなったのです。

 ゴルフGTIも“ホットハッチ”というジャンルを生み出し、多くのフォロワーを生み出しました。最近までニュルブルクリンクサーキットの前輪駆動車最速ラップを競い合っていたホンダ・シビックタイプRとルノー・メガーヌR.S.などの遠い祖先をゴルフGTIにまで遡ることもできます。

 フォルクスワーゲンの中でも、ゴルフGTIは速さだけを追い求める存在ではなくなりました。途中から設定された4輪駆動化されて6気筒エンジンを搭載する「ゴルフR」の方が速いです。

2002年から2004年まで第4世代ゴルフをベースとして12,000台が生産された初代『ゴルフR』(左)は3.2リッター挟角V6エンジンで4輪を駆動した。2023年にゴルフRシリーズ20周年を記念して発売された『ゴルフ R 20 Years』(右)は8代目をベースに300馬力超の高出力2.0リッター4気筒エンジンを搭載している

 しかし、高出力化した横置き4気筒エンジンで前輪を駆動するというGTIのフォーマットは、この8代目まで変えていません。