GTIの醍醐味は減速にあり?

 8代目に搭載されるターボ過給された2.0リッター4気筒エンジンは、245馬力の最高出力と370Nmの最大トルク。トランスミッションはツインクラッチタイプの7速「DSG」。初代GTIが1.6リッターの自然吸気による4気筒からの最高出力が110馬力だったのに対して、8代目は排気量も拡大された上にターボ過給され2倍以上に高出力化されています。トランスミッションも、5速マニュアルから7速DSGに。これは現行のGTIだけでなく、1.0リッターや1.5リッターエンジンを搭載するスタンダード版の各種「eTSI」モデルも同じです。

VW Golf GTI 8th generation cockpit
圧倒的に情報量が増えた8代目『ゴルフGTI』のコックピット

 DSGのようなツインクラッチタイプのATを装備しているクルマは少なくありません。でも、多くもない。我がポルシェ 718ボクスターもポルシェ流の「PDK」という名前を付けて、SUV以外の718や911に搭載しています。

 ツインクラッチタイプのATは、ギアとギアを2枚のクラッチを使って、コンピュータ化された極小のロボットがドライバーの代わりにタイミングを見極めながら変速しています。ドライバー自らシフトレバーとクラッチを操作するよりも正確な変速を無限に繰り返すことができるのです。モードを切り替えることによって、よりパフォーマンス寄りの変速にも、より燃費寄りの変速にも変速タイミングやパターンを変えることもできます。

フォルクスワーゲン A.G.によるDSGの概念図。K1とK2の2つのクラッチがあり、K1が繋がっている間は奇数段のギア、K2が繋がっている間は偶数段のギアにエンジンからの動力が伝わる。偶数段使用時に次に使用するであろう奇数段ギアをあらかじめ接続しておき、クラッチ接続を適宜切り替えることで、MT同様の無駄のない動力伝達とATのようなスムーズな変速を両立する

 DSGでも、PDKでも共通してツインクラッチタイプATのアドバンテージが現れるのが減速時です。どちらも、コーナーとアップダウンが連続するワインディングロードやサーキットなどでフットブレーキを強めに踏み込むと、ギアが1段ないし2段落ちます。エンジン回転も合わされますから、コーナー脱出時は、落ちたギアによる鋭い加速がすぐに得られるのです。

 PDKが賢いのは、スポーツモードを選ぶとより頻繁にシフトダウンを行うところです。718ボクスターはエンジン回転数や速度などだけをモニタリングしているのではなく、ステアリングの切れ角、路面の傾斜なども監視していると以前にポルシェの開発者は教えてくれました。それらの要素の変位の組み合わせによって、シフトダウンするかしないか? するなら何段か?などを瞬時に判断しています。

 DSGでの減速も変わりません。今回も、曲がりくねった箱根スカイラインのコーナー毎に、シフトダウンしたりしなかったりを繰り返していました。

「GTI」専用のメーター表示パターン

 PDKやDSGなどを体験すると、クルマを思い通りに走らせた気にさせてくれるスポーツドライビングの醍醐味とは、つくづく減速にあるものだと思い知らされます。加速も加速なりに簡単ではありませんが、難しさが違います。加速は、アクセルペダルをどれだけ長い時間踏み続けられるかという、ある種の蛮勇によるところが大きい。それに対して、減速は感覚と知覚の両方を、幅広く構えて繊細に臨む必要がある気がします。

 718ボクスターでもゴルフGTIでも、スポーツモードを選んで箱根スカイラインのようなワインディングロードを走ると、コーナーによって、または自分の運転によって4速から3速に落ちることもあれば、一気に2速まで落ちることもあります。一見すると同じようなコーナーに同じような状況で進入したのにもかかわらず、クルマは使うギアを慎重に選んでいるのです。自分の運転操作や状況によって選ばれたギアの違いを反芻し、クルマとコミュニケイトしながら走れるのがDSGやPDKの大きな長所になっています。

 よく「MTは自分でクルマを操れるから楽しい」という常套句が聞かれますが、ATでもツインクラッチタイプならば変わらないのです。変わらないどころか、より高度な設計による巧妙な変速を体験できるのです。安全にも寄与するし、省エネでもあります。減速の快楽は、今のところEVやハイブリッドでは味わうことができません。

 箱根スカイラインから降りてきて、コンフォートモードに戻せば、フラットで快適な乗り心地が待っていました。スポーツモードでも決して不快な硬さはありませんでしたが、移動するだけの運転ではやはりこちらの方が快適です。運転姿勢や視界にも優れ、使いやすいクルマであることは初代からずっと変わりません。ADASも最新で使いやすく、移動のための優れた道具です。

 8代目ゴルフGTIは「実用性の高さと高性能を高い次元で両立させる」という初代からの命題を現代流に見事に達成していました。

 欲を言えば、余裕や遊び心を少し加えても良かった。例えば、チェック柄シートは初代からの“お約束”なのだから、発展させてガンクラブチェックやブラックウオッチなど他のチェック柄なども選べたら楽しい。そこがまたフォルクスワーゲンらしいとも言えるのかもしれませんけれども……。

そもそもは初代ゴルフGTI発売時にトレンドだったクロスチェック柄を採用したことに始まるGTIのチェック柄シート

次期ゴルフGTIはどこへゆく?

 2024年にゴルフシリーズにはマイナーチェンジが施されることが発表されていますが、9代目については明らかにされていません。EVのIDシリーズを発展させ、シュリンクさせるエンジン車ラインナップの中にゴルフが含まれるのでしょうか?

 もし、ゴルフが8代目で終焉を迎えてしまうのならば、それはひとつの時代の終わりを告げるものとなるでしょう。ゴルフが展開してきたフォーマットとコンセプトをフォルクスワーゲン自らが手放すからです。もちろん、ゴルフGTIにも同時にピリオドが打たれます。その時には、2代目ゴルフGTIを買うつもりになっていた頃に戻って、再び欲しくなってしまうような気がします。買っておく価値のあるクルマであることは間違いありません。