日本に残る選択。セカンドキャリアはワイン

引退後、帰国せずに日本に残ることを決断。選んだのが、貿易家としてジョージアワインを輸入する仕事だ。

「人生の半分以上を日本で過ごしました。地方場所から東京に戻ると『ああ、地元だな』って感じ。だから、ジョージアと日本を行き来できる仕事がしたかったんです。また、日本ではジョージアのワインが飲めるお店がまだ少ない。歴史や個性があって、こんなにおいしいワインが祖国にあるのだから、日本の皆さんに知っていただきたきたいなと思ったのがきっかけですね」

提供:Royal Georgia

帰省するたびワイナリーを訪れたなか、絶対の信頼を置いた家族経営の生産者に声をかけ、輸入を開始。

「ジョージアでは、ワインを造る家庭が多い。私も幼少期から手伝いをしていました。そのとき祖父が『ワインは生きているんだ!』と言っていた。よくわからなかったけれど、この造り手に出会って『そうか!』と思ったんです。醸造だけでなく、木を育てる段階から、ブドウをリスペクトしている。そうでないと、こんなに素晴らしいワインは生まれないんですよね」

栃ノ心が選んだワインが、感動的に旨かった!

そう話し、紹介してくれたのがこの2本のワイン。クヴェヴリ(後述)とジョージアの地図を組み合わせたラベルは、自身で選んだ。

「選んだ理由、まず味わい。さらに、伝統的なクヴェヴリ製法で造られているということ。今でこそSDGsの言葉をよく耳にするけど、ブドウを無農薬で栽培し、古来より自然環境と共存してきたサステナブルな造りがジョージアの伝統です。赤だけでなく、白ブドウも果皮や種ごと醸すので、ポリフェノールが多く含まれます。日本の皆さんに安心して飲んでいただきたいから、酸化防止剤も品質を維持するごく少量しか使用していません。2~3杯しか飲まないならいいけど、私みたいに何本も飲む場合、酸化防止剤はどこか重く体に残るような気がして」(注:まるで参考にならないが、栃ノ心関の適量は3本程度とのこと……!)

ジョージアン『キシ2019』(右)

ジョージアを代表するワイン産地、カヘティ原産の白ブドウ品種「キシ」を使ったアンバー(オレンジ)ワイン。紅茶やドライアプリコット、オレンジピールの豊かな香り。ワイン発祥の地らしいプリミティブな底力と洗練された味わいは、中華や繊細な日本料理と合わせても。

ブドウ品種:キシ
価格:5,500円

ジョージアン『サペラヴィ2020』(左)

ジョージア全土で栽培される伝統品種。アントシアニンが多く含まれ、ワインは濃い色調となる。熟した黒系果実のニュアンスに、しっかりした酸とタンニンを感じる、骨格のある1本。リコリスやカカオ、スパイスの香り。今すぐ飲むのはもちろん、セラーで熟成させてみても楽しい可能性を感じる。

ブドウ品種:サペラヴィ
価格:5,500円

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Royal Georgia
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ワイン発祥の国、ジョージアについておさらい&“スプラ”文化とは?

2022年、日本との外交関係開設30周年を迎えたジョージア。ロシアやトルコ、アルメニア、アゼルバイジャン、黒海に接する東欧、南コーカサス地方に位置し、古くからシルクロードの要衝として栄えた。1991年にソビエト連邦から独立。日本では、2015年よりロシア語読みの「グルジア」ではなく、「ジョージア」と表記されるように。首都トビリシの国立博物館が所蔵するブドウの種が、放射線炭素年代測定で約8000年前(日本は縄文時代)のものと証明され、ワイン発祥の地といわれる。

伝統的にワイン醸造に使用されるのは、「クヴェヴリ」と呼ばれる素焼きの甕。本体を土に埋めた状態で、ブドウの発酵や熟成を行う。

k_samurkas/Shutterstock.com

2013年には、「ジョージアの伝統的なワイン造りの手法」として、ユネスコ無形文化遺産に登録された。イタリア自然派の巨匠、ヨスコ・グラヴナー氏がこれに感銘を受け、取り入れたことをきっかけに、多くのナチュラルワインの生産者たちから注目を浴びる。

「クヴェヴリ製法は手間がかかるので、実家のワイン造りはヨーロッパ式です。それから、ジョージア人のアイデンティティが、スプラ(宴席)文化。長テーブルにたっぷりのワインと料理を用意して、そこに家族や友人が集う。お客様は、神様からの贈り物。この時間を分かち合う感覚は、日本のおもてなし精神に通ずるものがあるかもしれません。進行を仕切るのが、幹事のような役割のタマダです。タマダが“〇〇にガウマルジョス”(=乾杯。勝利に!の意味)と声をかけるたびに、注がれたワインを飲み干すんです」

残念ながら、今年初場所で負った肩の怪我がきっかけで引退を決断。優勝した時の相撲も素晴らしかったが、本来の力が出せないなか、満身創痍で気迫を見せた取り組みの数々は、何とも美しかった。

祖国を背負い、誇りを持って第二の人生でもワインを通じて両国をつなごうとしてくれる彼が満を持して選んだワインをぜひ手にしてみてほしい。それは、おいしさ以上に、エモーショナルな体験になるはずだ。

 栃ノ心剛史さん(本名=レヴァン・ゴルガゼさん)

1987年、ジョージア・ムツケタ出身。春日野部屋に入門し2006年3月場所に初土俵を踏む。幕内優勝1回、殊勲賞2回、技能賞3回、敢闘賞6回。2023年5月場所に引退を発表し、母国ジョージアのワインを日本に紹介する貿易家に転身。ワイン普及の功績が認められ、11月㈳日本ソムリエ協会「ソムリエ・ドヌール」に就任。

栃ノ心引退断髪式披露大相撲
2024年2月4日(日)両国国技館において「栃ノ心引退断髪式披露大相撲」が行われます。栃ノ心ファンにとっては、最後の髷姿を見届けられる機会。十両・幕内の取り組みのほか、選抜力士チームの美声が楽しめる相撲甚句や初っ切り(しょっきり・江戸時代から行われる、相撲の禁じ手をコミカルに取り組み形式で紹介する名人芸)も予定。本場所は未体験の方も楽しめる内容なので、ぜひ足をお運びください。

【問い合わせ】
栃ノ心引退相撲事務局
TEL. 03-6240-2247(平日10:00~17:00)
https://tochinoshin.com/