随所に発揮された「村野らしさ」
村野藤吾の建築の特徴と言えば、その造形や装飾の独創性にあり、当時の主流であったモダニズム信奉者から反動的といった批判も受けるものの、それには動じることなく異彩を放つ存在であった。そして、この《日生劇場》においてもそんな「村野らしさ」が随所にいかんなく発揮されている。
まずは石張りの外壁。この当時、近代主義建築が全盛期だったこともあり、建築の外壁といえば打放しコンクリートが常識となっていた中、この石積みの意匠はまさに時代と逆行するようなデザインである。
桜御影とも呼ばれる薄紅色の万成石(まんなりいし・花崗岩の一種)が、馬目地(横方向は一直線に通し、縦方向は半分ずらした目地)で積まれ、重厚感を醸し出している一方、石表面はビシャン叩き(石の表面をたたき、細かい凹凸をつくって、自然の風合いを出す粗面仕上げ)となっているので、柔らかな肌のような暖かさも漂わせている。
その壁面には、ブロンズ製の独創的な装飾の手摺の付いた古典建築風バルコニーが整然と配置され、風格が漂う。建物の角も面が取られ、同様な意匠を施すことで、街に対しての威圧感を軽減させ、親しみやすさを生み出しているのもニクい演出だ。
(にしても、この《日生劇場》が竣工してから5年間ほど、かの傑作、F.L.ライトによる《帝国ホテル》とこの建築に並んで建っていたかと思うと、阿吽の像もしくは風神雷神がごとく、畏怖の念すら感じてしまう。)
次にエントランスの開放的なピロティーを見てみよう。そこは柔らかく波打つ軒と、丸みをおび、敢えて天井と縁を切った柱のデザインのおかげで石の重々しさはなく、訪れる人を優しく迎えてくれる。また、ポップなモザイク画が施された高価な大理石の床と、直線的な工業製品のアルミの天井とが相反することなく、村野藤吾らしい大胆で、ちょっとエスプリの効いたデザインとなっている。
さらに、エントランスを抜けロビーに入ると、そこは白を基調とした気品高い大理石の床と、幾何学を巧みに組み合わせたアールデコ風のアルミ製の天井が相まって、近未来的な趣となり、外観のクラシカルな雰囲気とは別世界の空間となっている。
こんなロビー空間において、一際目を引くのがなんと言っても真紅の絨毯が際立つ美しい階段である。
村野藤吾はその意匠において、特に階段のデザインを得意としており、彼のどの作品にも美しい階段が存在するのだが、その中でもこの《日生劇場》の回り階段は最高傑作と挙げる人が多い。
細い手すりと木製の側桁が描き出すその緩やかな曲線は、繊細さと柔和さを共存させた優雅さを漂わせ、段板の最初の1段目は敢えて、床と同じ大理石とし、しかも床から浮かせていることで、軽やかさも生み出している。
また、南部鉄で作られた支柱はU字を組み合わせて楕円形にしたユニークな形状をしているのだが、目線の移動で細くなったり太くなったりと、見るシチュエーションによって印象が変わるのがとても面白い。
この階段において村野自身が1番こだわったのは、実は上げ裏だったようで、あたかも1枚の布で作られたかのように、つなぎ目の無い美しい後ろ姿にするために、鉄板の溶接作業には非常に苦心したらしい。さすが、「階段の魔術師」と言われる村野藤吾のこだわりは、そんな普通は見過ごしがちな部分にも及んでいたとは脱帽である。