「食えない」アートの価値

そこからさらに踏み込んで

「僕らアーティストは美術館の原理も信じています」

と、松山智一さんは、コンテンポラリーアートにおける美術館の重要性も語ってくれた。

「アジア圏でいうと、例えば香港は、この10年、保税の仕組みがよくできていたので、マーケットとしては優位性がありました。でも、香港は土地が限られているから、美術館は多くはありません。アートの世界において美術館が担う「未来に作品を遺す」という役割は非常に重要です」

《People With People》© Tomokazu Matsuyama
2021年 個人蔵 アクリル絵具・ミクストメディア、カンヴァス
213.3 x 426.7cm

「過去、現在、未来の接点として美術館があるからこそ我々は今もこれからも体系的に作品を観ることができる。新しくアートに参入してくる方の一部は、やはり作品が持っている市場価値だけで見がちなんですけれど、アートって必ずしも高かろう良かろうではないと思います。それは、アート以外でもきっとありますよね? 情報にここまでアクセスできるようになると、成果物としての数字が見えすぎることによって、可視化されることに危うさがあると思っています」

アートの市場価値は極論すれば人間2人で競り合えば上がる、みたいな話は、たしかに聞いたことがあります。トレンドもありますしね。

「でも、世代が変わっても残る、タイムレスなものは、やはり絶対的な強度がないといけなくて……」

とはいえ、アーティストとして生きていくには数字的な価値も重要ではないですか? それこそ「食えない」ということだってありますし。

「芸術家であり続けるために、食べれないっていうことは、いいことでもあるんですよ。文学にしても、いま残っているものって、それを作っているときには、それで食べられてない人たちっていっぱいいますよね? 食べられていないからこそ動機がはっきりしているんじゃないでしょうか。この作品を残したい、と。この作品が売れると自分がいくら手に入れるかよりも、どうすればこの作品が世の中に届き、この作品で世の中を変えられるのかを考える」

《20 Dollar Cold Cold Heart》© Tomokazu Matsuyama
2019年 個⼈蔵 アクリル絵具・ミクストメディア、カンヴァス
267×172cm

「僕は時間軸というものをプラットフォームにしたいんです。つまり、これからの未来につなぐことができるのか、将来、過去を見る上での重要なアーカイブとなっているのか? タイムレスなものを、いまのタイムリーな時代につくりたいっていうのが、僕の一番の強い思いです」

タイムレスでタイムリー?

「情報はアップデートされるので、そこのなかで残る強さがあるっていうのは、ひとつのステートメントなんですよね。最先端なものがカルチャーとするなら、伝統となったものは「文化」に昇華するでしょう? その時代を捉えたものでない表現は、かならず淘汰されます」

《Cluster 2020》© Tomokazu Matsuyama
2020年 個⼈蔵 アクリル絵具・ミクストメディア、カンヴァス
60×60cm(各)

「最先端が伝統となる過程には時間だけではなく、生み出す人間の強い意志が必ず必要になります。後世に残すことをいかに強い動機として持ち続けられるか。今の時代だから、より、そこを感じています」