自由に個性を追求する「アンバウンド」なホテル
日本にもそんなモータースポーツを中心とする優雅な世界があってもいい。世界を模倣する必要はない。日本のサーキットの規模感にふさわしく、社交とリラクゼーションへの希求をかなえ、各土地の特色を生かした「ラグジュアリーホテル」があっていい。この場合のラグジュアリーとは、マーケティングの領域で分類されるカテゴリーの上位層「ラグジュアリー」レベルを指す。
そんな潜在的需要に応えるかのようなホテルが2022年秋に誕生していた。
富士スピードウェイホテルである。
ハイアットのコレクションブランド「アンバウンド・コレクション by Hyatt」の日本初上陸のホテルであり、トヨタ不動産が所有・経営してハイアットが運営する。
アンバウンド・コレクションとは、ハイアットが2016年に立ち上げたコレクションブランドで、ひとつひとつの施設の名称が異なり、それぞれのホテルが独自の個性を発揮している。ハイアットの基準は満たしているが、それ以上は「アンバウンドに(縛りなく)」自由に個性を発揮できるホテルというわけである。ハイアットの世界観よりも、個々のホテルの世界観が前面に出る。富士スピードウェイホテルが日本第一号となった。ホテルスタッフのヘアメイクも個性的で、カイゼル髭を生やしているバーテンダーもいた。働く人が自主性を大切にされ、のびのびと楽しそうなのは、ゲストとしても気持ちがいい。
ホテルのコンセプトは「モータースポーツとホスピタリティの融合」。なんといっても日本を代表するサーキットのひとつ、富士スピードウェイに隣接し、ホテル内にモータースポーツミュージアムを備えているのだ。
建物を創る最初の段階からモータースポーツをコンセプトにしているので、いたるところに車のモチーフがちりばめられている。部屋番号の下に記されるマークがシフトレバーを表しているとわかったときには、その徹底ぶりに感じ入った。
エンジン音がBGMになる「動」と富士山を楽しむ「静」
客室の眺望が大きな魅力である。なんといっても、富士スピードウェイの最終コーナーからホームストレートを見渡すことができるのだ。チケットを買わなくても、バルコニーからレースを楽しむことができる。サーキットのエンジン音もぶんぶん聞こえてくるわけだが、総支配人の吉川源太さんはこのように語る。
「音もセールスポイントの一つです。BGMと思っていただける方に喜んでご利用いただけるホテルでもあります。うるさいとか部屋を変えてくれという苦情は、今のところ、ありません」。
ご参考までに、私はサーキットが見えない富士山側の部屋に滞在した。こちらはがらりと印象を変え、自然が雄大に広がる癒しの眺望で、エンジン音は全く聞こえない。「動」と「静」、まったく両極の体験を、いかようにも楽しめるホテルとして創られている。
一から作られた新しいホテルは「伝統がない」ことが弱みになる場合もあるが、ここはモータースポーツの歴史や富士スピードウェイの歴史とつながることを、内装やアートワークを通して表現する。こうした軽やかな伝統とのつながり方に、風通しのいい知性を感じる。
可能性にあふれるこのホテルをどのようなホテルに育てたいか?という質問に、吉川総支配人は次のように答えた。
「施設は都内のラグジュアリーホテルと遜色のない、リゾートホテルです。この施設に見合ったサービスをブラッシュアップしていくことで日本を代表するコレクションブランドに育てたいですね。これだけ個性あふれるホテルは他にはないですから」
本来、モータースポーツは社交の機会ともつながっていたことを指摘すると、「日本では逆に、社交のチャンスを逃していましたね。このホテルが中心になって世界から車を愛する人を集め、社交も楽しめるメッカにしたい」と意気込みを語ってくれた。
地元の食材を使ったレストランのレベルは高く、温泉もサウナも備えたスパでは、熟練技術によるトリートメントを受けることもできる。部屋からスパへの移動もストレスがないよう、専用のウェア一式が備え付けてある。「ラグジュアリー」カテゴリーのホテルに慣れたゲストにも新鮮な感動を与えるような配慮が、きめ細かく行き届いている。