モータースポーツの歴史を軽やかに継承する新感覚のミュージアム

空間の金属アートは富士スピードウェイのサーキットの形を模している

 何よりも特筆すべきは、ホテルエントランスの1階、2階に広がるモータースポーツ・ミュージアムである。20世紀初頭の、まだ馬車の名残を残す車から、水素エネルギーを燃料として走るカーボンニュートラルの未来に向けた21世紀の車にいたるまで、最高技術と最先端思想と夢と情熱を結集した同時代最強の車が、37台、悠々と展示されている。

マシンのそばに近づくとレース中のエンジン音が体感できる

 車とともに、同時代の写真や、開発者の写真、レースにまつわるトロフィーやエピソードなどが紹介・展示されているのもいい。名前だけ聞いたことのあるレーシングカー、ラリーカーの数々を間近で目にすると、迫力と洗練と大胆さと繊細さを兼ね備えた車の優雅さに見とれて放心しそうになる。車に賭けた人間のほとばしるような情熱が伝わってくる展示に、生きるエネルギーのおすそ分けをいただけるような思いがする。

パナール・ルバッソール(パンァー・エ・ルヴァッソール)。フランス最古の自動車会社が製造した近代自動車の祖。フロントエンジン/リアドライブ(FR方式)を界に先駆けて、採用した

 ベントレー、チシタリア202C、ジャガーCタイプ、ポルシェ904GTSといったレーシングカーを360°の方向からじっくり眺めてみると、静かにたたずまうその姿そのものがエレガンスの極致なのだといまさら思い知る。

ブガッティ タイプ35B 世界三大レースの1つ「モナコGP」をはじめ、多くの勝利を挙げたフランスの名車

「コンクール・デレガンス」から女性ファッションが抜け落ちていったのは、ますます完成度を高めていくかのように進化する車にファッションが追いつけなくなったからかもしれない。

チシタリア 202C 連続した曲面で構成されたピニン・ファリーナによるボデー造形は、極めて先進的であり、ニューヨーク近代美術館(MOMA)が「走る彫刻」として永久所蔵

 途中、たくさんのサインが記してある白い壁を見つけた。昨年(2022年秋)のホテル&ミュージアムのオープニングパーティの時にミュージアムが出席者の方々に壁にサインを残してもらうよう促したとのこと。レジェンドレーサーや現役のトップレーサー、チーム代表、レーシングカー製造会社代表など多くの関係者が集い、モータースポーツを盛り上げていこうと誓い合った。このミュージアムの歴史を彩るアートピースになっている。

ホテル&ミュージアムのオープニングパーティーで、レース関係者たちが壁一面にサインを書いた。著名人の名前もちらほら。壁はアクリル板で覆われている。

 約40台の展示車両は、その多くを趣旨に賛同する様々なメーカーや所有者より、期間限定で貸与を受けており、定期的に入れ替わる。こんな幅広いコレクションを楽しめるのは日本でここだけである。

バーの両側の壁には一面にミニチュアの名車がぎっしり飾られる

 富士スピードウェイのサーキットの形が装飾になった巨大な空間オブジェも圧巻である。モータースポーツの歴史を受け継ぎ、新しい歴史をここから軽やかに紡いでいこうとする新感覚のミュージアムである。

 運転したくなったら、宿泊客専用ではあるが、ドライブシュミュレーターもある。車種を選び、色まで選んで、富士スピードウェイを「走る」ことができる。私は「赤いフェラーリ」を運転してみた。難関でクラッシュしたりして体感したあとに実際のレースを見ると、いっそう深く鑑賞できる。車に興味がない、という人ほどハマるかもしれない。モータースポーツをめぐる動と静、歴史と未来、革新性と優雅さ、スリルとリラクゼーションをあらゆる角度から体感できる施設の誕生を喜びたい。