捻れた体とムキムキ筋肉の身体表現は絵画にも

 ここからは絵画について紹介していきましょう。自分は彫刻家だといつも主張したミケランジェロでしたが、若い頃、ギルランダイオの工房で絵画の技法や手順は一通り習得しています。

 また、当時の画家たちの学校といわれたサンタ・マリア・デル・カルミネ教会のブランカッチ礼拝堂を訪れ、熱心に初期ルネサンスの創始者といわれるマザッチョの壁画を模写しました。《貢の銭》(1426-27年)などの模写が残っています。マザッチョはマッチョな人間を描いた画家で、ミケランジェロに大きな影響を与えています。

 マザッチョより前の画家であるジョットの作品も勉強したことがわかっています。ジョットの人間の感情表現と肉体表現に影響を受けました。古代彫刻だけでなく先人の絵画にも学び、ジョット、マザッチョ、そしてミケランジェロへと繋がる感情表現と肉体表現の系譜があることがわかります。

《トンド・ドーニ(聖家族)》(1504年)はフィレンツェの商人アーニョロ・ドーニの依頼で制作した、名家から迎えた新婦マッダレーナとの結婚記念の円形(トンド)の板絵(1ページ参照)です。

 ミケランジェロ唯一のこの板絵には、キリスト教美術の代表的な図像である、幼児イエスと母マリア、養父ヨセフという「聖家族」が描かれています。

 しかし、マリアは正面を向いて膝を折って座りながら大きく体を捻り、その腕は筋肉モリモリ。このようなありえない体勢をとっている男性のような肉体のマリアは、かつて存在しませんでした。また、後ろに描かれている裸の人々は、旧約聖書を象徴する人物たちだといわれています。意図的な構図と彫刻のような立体感のあるマッチョな身体表現は、後のシスティーナ礼拝堂の絵画にもつながるものです。

ラファエロ・サンツィオ《マッダレーナ・ドーニ》1506-07年 油彩・板 65×45cm フィレンツェ、ピッティ宮殿パラティーナ美術館

《トンド・ドーニ》の2年後、ラファエロがこの夫婦の肖像画を描いています。マッダレーナの肖像は、レオナルドの《モナリザ》の影響を受けていることがわかります。そして、その後に描いた《キリストの遺骸の運搬》(1507年)では、ミケランジェロを参考にしています。

ラファエロ・サンツィオ《キリストの遺骸の運搬》1507年 油彩・板 184×176cm ローマ、ボルゲーゼ美術館

 キリストの遺体を運ぶ場面を描いた本作では、右端で跪く女性が《トンド・ドーニ》のマリアを90度回転させたポーズをしています。この女性が後ろの気絶しているマリアを救おうとしているのですが、手前に足を曲げながら少しだけ体を捻るという、無理な姿勢です。ラファエロはこのようにレオナルドから技法や表現、ミケランジェロからダイナミックな肉体の動きなどの影響を受けました。ラファエロについては回をあらためて、詳しく紹介します。