そのファイナルでも表彰台にあと一歩に迫る4位の成績を残した渡辺は、四大陸選手権、世界選手権にも出場したのである。どちらの大会も、初めての舞台であった。
いちばん心に残るのはスケートカナダだという。
「そこでたくさんの方に見ていただける機会にもなりましたし、印象深いなと思います」
楽しい思い出を語るかのような笑顔で続ける。
「あのときは試合に出られるだけでありがたい気持ちがあって、悪い緊張がなかったというのもあります。カナダは『ETA』(電子渡航認証)というものを登録しないと渡航できないんですけれども、許可が一切おりなくて。出発の日の前日までおりませんでした」
カナダ入りできるかどうか、つまりは出場できるかどうか、ぎりぎりのタイミングまで分からなかったのだ。人によっては焦りやよけいな緊張を引き起こしかねない状況だが、渡辺は違った。
「カナダに入国できることになって試合に出られるだけでありがたい気持ちでした」
いちばんの経験は精神的な面での変化
すべてがうまくいったわけではない。グランプリファイナル後の全日本選手権では本来の演技はかなわず、12位に終わっている。
「スケートカナダで優勝したことで、NHK杯や全日本選手権のときは、今までと全然違う立場で迎える試合になっていました。それまでは全日本選手権が最高の大会でしたが、全日本より上の大会を目指していくことは今までなかったですし、その面で苦しいときはありました。ただ、世界選手権もそうですが、何よりもその精神的な面での変化がいちばんの経験だと思います。今までは出たくても出られない大会に、見方も立場も変わった中で出場することができて、その経験以上に学べるものはなかなかないと思うので」
トリプルアクセルを武器に、ショートプログラム『ロクサーヌのタンゴ』、フリー『JIN―仁―』と曲調の異なる2つの作品の世界を演じる姿も強い印象を放った昨シーズン。そこには強いエネルギーと、滑る喜びも込められているようで、それもまた輝きを印象付けた要因である。
2021-2022シーズンまでグランプリシリーズに出たことはなく、まさに一気に世界を広げることができた理由は何だったのか。成績もさることながら演技の輝きはどこから生まれたのか――。
「このままスケートをやめようかと思っていました」
と振り返る時期からどう脱したのか。(続く)
渡辺倫果(わたなべりんか)TOKIOインカラミ/法政大学所属。2002年7月19日、千葉県生まれ。3歳の頃スケートを始める。2021-2022シーズン、世界ジュニア選手権に出場。2022-2023シーズン、グランプリシリーズに初めて臨みデビュー戦のスケートカナダで優勝するなどしてグランプリファイナルに進出し4位。世界選手権にも初出場、10位になる。