何十年も観続けるほど面白いのが歌舞伎

「歌舞伎は、長く観れば観るほど値打ちが出るものです。その役者を子どもの頃から観ていれば、親戚のおじちゃんおばちゃん状態で、『昔はあんなに未熟だったのにね』とかいう権利もあります」

 新之助の父である團十郎と、眞秀の叔父である菊之助は、小学生の時に二人で『春興鏡獅子』の胡蝶役を踊っていた。噴き出して笑ってしまったこともある團十郎(当時は新之助)にはその後のやんちゃぶりの片りんが見られたというべきか。そして、2021年、同じ演目で菊之助が獅子をつとめ、長男の丑之助(当時7歳)が、坂東彦三郎の長男亀三郎(当時8歳)とともに、胡蝶を踊っている。

 有名子役のトップクラスには、中村勘九郎の長男・勘太郎(12歳)と次男・長三郎(10歳)もいる。勘九郎自身も、人気役者であった故・十八代目中村勘三郎の息子として有名な子役だった。小学生で踊った『越後獅子』は大人顔負けの上手さ。歌舞伎が好きでたまらないのは、その弾むように踊るリズム感に見て取れた。そして、2021年、同じ『越後獅子』を、やはり歌舞伎が好きでたまらない子役に育った勘太郎が見事に踊ってみせたのだ。

 歌舞伎の劇場で売られている筋書きの巻末には、当月の演目に関する昭和20年以降の上演記録が掲載されている。今月丑之助がつとめている役を、かつて父の菊之助や祖父の菊五郎がつとめているのだといったことも分かるし、自分が前に観た舞台がどんな顔ぶれだったかも分かるようになっている。何十年と観続けてさらに愉しみが増すのが歌舞伎だ。

 

「この子はどうなっていくか?」と見守る

 バレエやオペラなど他の舞台芸術では、下手でもいいなどということはないが、役者の一生を観続けていく歌舞伎ではちょっと違う。小さな子役が、舞台で間違えたら、客席からはあたたかい拍手がわきあがる。そして、年月を経て足元がおぼつかなくなった老優にもまた、あたたかい拍手が寄せられるのだ。

 子役の舞台で、「後ろでお父さんとおじいさんが心配そうな顔をしてたね」「あの子も、お兄ちゃんに負けないぐらい随分うまくなってきたよ」と、リアルな家族ドラマを観ることができるのが歌舞伎だ。未熟なものも愛する日本人の「かわいい」文化に通じるものや、「育ゲー」要素もあると言えるかもしれない。

「ただし、歌舞伎でのちに天下を取る子たちは、かなり早いうちにちゃんと『ただものではない』頭角をあらわします。当代の團十郎が、新之助と名乗っていた1990年、12歳で現代劇『ライル』に出演したときのこと。新之助は、すでにミュージカル『レ・ミゼラブル』にも出ていて名子役だった山本耕史と共演し、『僕と年は変わらないのになんでこんなに上手いんだ』とショックを受けたといいます。ところが山本耕史のほうも、新之助にショックを受けていた。『僕の方が上手いのに、この子はなんでこんなにいいんだ』と。つまり上手下手だけではないんですね」

 一方、子どもの時に出来すぎていてかえって伸びない場合もある。

「よく、子役育ちの女優さんは、長じて大人の女性を演じるのが難しいといいますが、歌舞伎の名子役も成長して名優たりえないことがあります。しかし、当代・市川猿之助のように子どもの時から超絶上手くてそのまま大人になっていく役者もいます。『さて、この子はどうなるんだろう?』と見守っていくのも、歌舞伎の面白さです。

 どうして歌舞伎だけ、子どものころから特別視されるのかという誤解が、ときどきあります。でも、子どものころから人生を賭けて修業しなければならないのは、歌舞伎だけではありません。バレエもピアノも囲碁も将棋も、みな子どもの時からその道に賭けるでしょう。天分があっても18歳から始めたのと、並みの才能でも6歳から始めたのとでは、40歳になった時の差は明白です。子どもの時というのは、それほど大切なのです」

※年齢は記事公開時点(2023年6月8日現在)。