「世界選手権は、僕が現役時代、届きそうで届かなかった、いわばフィギュア界の世界最高峰のイベントです。僕も渡辺さんも初出場で、お互いに何も分からない状況で始まって、準備期間も含めて大変な思いをしたり、うまくいかないことあったりしました。そうして日本開催の世界選手権に出た。自分の国での開催に出られることってなかなかないですよね。彼女が頑張ったから僕がここにいるんだ、という感謝もありましたし、また試合ではショートプログラムでまたミスさせたという悔しさもありましたし、いろいろな思いがありました。それがあの涙にはありました」

世界選手権でFSを演じる渡辺 写真=西村尚己/アフロスポーツ

 渡辺の語ったエピソードは、「上下」あるいは「師弟」と言った縦の関係を感じさせなかった、それと無縁であるかのように思えた。中庭はそこにも言及する。

「選手とコーチ、お互いの立場はあっても、そもそも上下関係じゃないと思うんですよ。関係を言うなら『信頼関係』という言葉がいちばんあてはまるんじゃないでしょうか」

 その言葉にも、中庭の指導者としてのスタンスが明確にあった。

 

スポーツ全体を変えたい

 成長したシーズンを経て、中井と渡辺はこれからも進化を期し進んでいくだろう。そして、中井もやがてシニアに上がるときを迎える。

「三原舞依さんと坂本花織さんのように同じチームに世界のトップレベルがいるのは貴重なことだと思っています。一人で走り抜けるのは相当しんどいですし、レベルの高い選手がいる環境というのは、とても貴重ですので」

 2人に限らずチーム内で切磋琢磨し、それが成長の糧になると考えている。

 ヘッドコーチとして2シーズンが過ぎ、中庭もまた、新たなシーズンへと進んでいく。

 あらためて、抱負を尋ねる。

「これからへの大きい思いというのは、フィギュアスケートというスポーツを通じて、スポーツ全体を変えたいというのがいちばんです。成績はもちろんのこと、勝利を目指すのは大事です。勝つことをテーマに、スポーツインティグリティを順守したクリーンな指導により、今までのスポーツ指導を変えたいです。それが子どもたちを守ること、スポーツを発展させることになるし、行き着く先がフィギュアスケートへの恩返しになると思っています。みんなに応援されるにはクリーンな指導でなければいけないし、フィギュアスケートがみんなから愛されるスポーツになる、これが僕の最大の恩返しだと思って取り組みを続けたいです」  

 その試みもまた、フィギュアスケートの、スポーツのこれからを担っていくはずだ。

 

中庭健介(なかにわけんすけ)生まれ育った福岡市でスケートを続け、全日本選手権に12度出場し3度表彰台に上がったほか四大陸選手権やグランプリシリーズなどに出場。息長く現役生活を続け、2011年に引退しコーチに。2021年より千葉県船橋市でスタートしたMFフィギュアスケートアカデミーのヘッドコーチに就任。