BMWは2022年12月、水素燃料電池車(FCV)『iX5 Hydrogen』の少量生産をはじめると発表した。完成したiX5 Hydrogenは、2023年の春から、実証実験や技術デモンストレーション用に一部地域に投入する。ベルギー アントワープで開催された国際試乗会&ワークショップも、その活動の一環だ。
大谷達也は、その試乗会に招待されるも、その胸中には、FCVの普及に欠かせない水素社会の実現に一抹の不安を抱いていた──
ゼロエミッション=環境に良いの誤謬
BMWの新しいFCV(燃料電池車)に関するワークショップと試乗会が開催されると聞いて、ベルギーのアントワープを訪れた。
FCVは、水素と酸素を化合させる燃料電池を発電機として用い、ここで得た電力をモーターに供給して駆動力を得る電動車の一種。燃料となる水素は車載の高圧タンクに蓄えておき、これを空気中の酸素と結合させて発電するのだが、結果として生み出されるのは電気と水だけなので、以前からCO2を一切排出しないゼロエミッションカーとして注目されてきた。
なお、水素と酸素を反応させて電気と水が得られるのは、水を電気分解した際に水素と酸素が生まれる反応を逆向きに行なうと考えていただければいいだろう。
FCVの特徴は、CO2を排出しないことだけではない。
まず、長い航続距離(1回の水素補給で500〜700km)を実現するのが比較的、容易なほか、燃料補給がエンジン車と変わらない3分ほどで済むことがメリットとして挙げられる。また、大型車の開発に適していることもFCVの特徴のひとつ。いずれも自動車用の動力源として魅力的な部分だ。
いっぽうの電気自動車(ここではBEV=Battery Electric Vehicleと表記する)は、個人的に、なんだかムリにムリを重ねているように思えて仕方ない。
現在のBEVは、容量が60kWhから90kWhのバッテリーを搭載するのが主流になっているが、これは一般家庭が消費する電力の3日分ないし4日分に相当する莫大なエネルギー量。これだけの電気を使いながら、400〜600kmを走らせるのが精一杯という現実も、かつて電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務していた私が途方に暮れる理由のひとつとなっている。
ちなみに、1kWhはガソリン0.10リッター分のエネルギーと等価とされるので、現在のBEVは6〜9リッターのガソリンで400km以上の距離を走っていることになる。その効率の高さには瞠目すべき点があるが、そんなわずかなエネルギーを貯蔵するために400kgとも700kgともいわれるバッテリーを搭載し、バッテリーのコストがときに車両価格の1/4にもなるという話を聞くと、益々やりきれなくなってくる。
まあ、電気は貯蔵することが難しいエネルギーの代表のようなものだから、バッテリーが恐ろしく重くなったり、高価だったりするのはやむを得ないのかもしれない。けれども、どう考えても受け入れがたいのが、バッテリーの生産には大量の地下資源を必要とされる点にある。
今回のワークショップでプレゼンテーションを行なったハイドロジェン・ヨーロッパのヨルグ・チャチマルカキスCEOによれば、FCVは1台あたり0.48kg のコバルト、リチウム、白金などを用いるが、いっぽうのBEVは、白金こそ不要になるものの、コバルトとリチウムだけで23.2kgも必要になるという。おかげでBEVの需要が高まるにつれて天然資源の価格は高騰。しかも、将来的に重要となるバッテリーのリサイクルについても現状では事業化が難しく、今後、大量に生み出される使用済みバッテリーからコバルトやリチウムを回収する道筋はなかなか見えてこない。
しかも、以前このオートグラフでご紹介したとおり、大量の地下資源を掘り起こすことは環境破壊にもつながりかねない。カーボンニュートラル社会を実現するために自然が破壊されるというのは、ひどく矛盾した話だ。
ここまでわかっていながら、私はFCVに明るい未来を描けずにいた。