北原亮庫
山梨銘醸 醸造責任者。東京農業大学で醸造を学び、アメリカ、岡山で腕を磨く。2008年に山梨醸造入社。2014年から醸造責任者

超高難易度のスパークリング日本酒の造り

かくしてアップデートした新世代山梨銘醸の顔とも言えるのが、スパークリング日本酒。2015年から2021年までに9種類のスパークリング日本酒を造り、最新の『アラン・デュカス スパークリング サケ』を含め、現在は5種類がレギュラー商品となっている。そもそも、山梨銘醸はなぜ、スパークリング日本酒を造り始めたのか?

「結構、2020のオリンピックは大きかったんですよ」

と対馬さんが言う。

「2013年に、2020年のオリンピックが東京開催と決まった。この時に、海外の人に、日本酒で乾杯してもらおう、というキャンペーンを日本酒業界は仕掛けることにしたんです。その時は、乾杯の酒は純米大吟醸を想定していたのですが……」

しかし、純米大吟醸はワインで言えばフルボディの赤ワインのようなもの。いくら優れた日本酒であっても、乾杯の酒としても食中酒としての料理との相性でも、気軽、とは言い難い。

「軽快な酒、キリッとして、アルコール度数が低いもののほうがいいんじゃないか? と私たちは考えたんです」

そもそもワインの造詣も深い北原兄弟は、山梨に豊富な蓄積があるワインの知識、さらに、フランスにまで足を伸ばしては、ワインから日本酒に持ち込めるものを探して、トライ&エラーを繰り返した。最初の難関は瓶内二次発酵を安定させることだった。

「ワインの場合、まず一度ワインを造ってから、それを瓶に詰め、その瓶の中に糖と酵母を足してもう一回、発酵を起こしますよね?」

それが瓶内二次発酵のメカニズムだ。2度目の発酵を、閉鎖空間で人為的に起こすことで、発酵によって生じた炭酸ガスを大気中に流出させず、液体に溶け込ませる。しかもそれを何十、何万リットルという巨大なタンクのなかではなく、せいぜい数リットルの小さなボトルのなかで起こし、このボトルを1年以上、細やかに世話をするという、非常にめんどくさい作業をすることで、緻密で上質な発泡する液体を誕生させる。

「でも、日本酒で糖分と酵母を追加しちゃうと、税制上、日本酒じゃなくなっちゃうんですよ。それじゃダメ。私たちは日本酒として出さないと意味がない」

だから、2度目の発酵は、1度目の発酵時にすでに仕込まれていて、1次発酵後に、時限式で起こるように設計した。

「一次もろみを荒く搾ると、にごりが残ります。ここに、麹菌、酵母菌がついてニ次発酵を起こすというメカニズムです」

対馬さんはさらっと言う。たしかに、それをやればメカニズム上は、二次発酵するだろう。ただ、造るのは酒である。瓶内二次発酵が実現しても、香り、味、ガス圧、アルコール度数、すべてを狙った点に集約させなければ、飲み物としてめちゃくちゃになる。

「スパークリングワインのように、酸味も欲しいので、リンゴ酸を多く出す酵母が二次発酵時に働くようにしています。それと、デゴルジュマン(発酵後に活動をやめた酵母が変化した澱を取り除く作業)もしていますが、ドザージュ(デゴルジュマンで減った容量分を注ぎ足す作業。ワインでは通常、糖分を添加したワインを使うことで品質を安定させる)で補糖すると、やっぱり税制上、日本酒になりません」

ハードルだらけではないか……「あ、あとそれから」と亮庫さんがニコニコと付け加える。

「日本酒は最後に火入れっていう加熱処理をして発酵を止めますよね。これも密閉した瓶のなかの発泡している酒を61℃にまで温めているんですよ」

そんなことをしたうえで、美味い酒が造れるものなのか……筆者が唖然としていると「ワインの造り手もそういう顔をする」と亮庫さんがさらにニコニコするのだった。