ミラベッラ。誠実を求めて

この感覚は、『ミラベッラ』でより強固になった。

「僕は5歳、6歳のころかな?先生に、将来何になりたい?って聞かれて醸造家になるって答えましたよ。それで実際いま、醸造家です。」

と、アレッサンドロ・スキアーヴィさんは言った。

彼はロンバルディア州の南西部、ピエモンテ州とエミリア=ロマーニャ州に挟まれたパヴィア県の一大ワイン産地オルトレポー・パヴェーゼ出身の醸造コンサルタント、テレジオ・スキアーヴィの息子。

アレッサンドロ・スキアーヴィ

自分のワインを追求したいテレジオは、より厳密な制約のなか、切磋琢磨する醸造家たちの間で自らを試そうと、フランチャコルタに来て、1979年、この『ミラベッラ』というワイナリーを立ち上げた。ミラベッラという名前は1981年に彼がピノ・ノワール(イタリアではピノ・ネロ)とピノ・ブラン(同ピノ・ビアンコ)を植樹した畑の名前に由来しているという。

ワイナリーは独特で、もともとはこの地方の協同組合が使用していた施設。いまもこれを改造して使っている。

この四角いコンクリートの醸造タンクが、その出自を物語る。こういうのは基本的には古いもので、ここのそれも1930年代に作られたものだという。いまでもヨーロッパでは見かけることがあるけれど、そもそもは、地域の小規模ブドウ栽培家が、共同出資してワイナリーをつくるときに、それぞれに品質にバラツキがあるブドウから、平均値をとったようなワインを大量に一気に醸造するために用意するもの、と僕は認識している。

だから、造り手や土地の個性が問われる現代でもこれを使うところは、そう多くない、とおもうのだけれど、ミラベッラではあえて、これを改造して使っている。タンクの内側をコーティングして、温度管理のための冷水の循環装置を組み込んでいる。そもそもは3階分くらいの背の高さのある巨大コンクリートタンクだが、醸造に使っているのは地上1階分だけ。地下にある部分はボトリングされたワインがぎっちりと詰め込まれて、熟成庫になっている。

ミラベッラでは樽は一部使うが、ステンレスタンクは使わず、この改造コンクリートタンクが主要な醸造タンク。アレッサンドロ曰く「ステンレスを使うと電気イオンでワインがとげとげしくなる」。

ほかにも、果汁を得る際に果皮を潰すとカリウムが出て、酸味が増す。マロラクティック発酵をすると、グリセリンのおかげで、ボリューム感を出せ、残糖を減らせる、といった科学的なアプローチは、ミラノ大学で学び、シャンパーニュの中心地、エペルネでも経験を積んだという経歴から来るものか。それらの理屈は理屈だけにとどまらず、見事にワインに活かされている。

ミラベッラのスパークリングワインはスタンダード、エクストラ・ブリュット、リゼルヴァと大別されるけれど、いずれにも確固たる信念は共通している、と感じた。

まだ日本には、スタンダードの『ブリュット』と『サテン』しか輸入されていないのだけれど、真骨頂はリゼルヴァにある。ブドウを理解し、その特性を知性と愛情をもって引き出した作品は、世界のどこに出しても、深く尊敬されるに違いない。

彼の父親もきっと、こういう人だったのだろう。自らの仕事に忠実であり、それがゆえに、故郷を捨て、フランチャコルタを選んだ。その父親の選択はアレッサンドロにとってはごくごく当たり前のことで、自分がその後を継いでいくことも、当然のこと。

『リッチ・クルバストロ』のフィリッポもまっすぐに父のワインを受け継ぎ、さらにすごいワインを造るかもしれない。それは、何らかの抵抗や反逆によってなされるものではなく、清流の流れのようになされるのだ。

そしてこれが、他者との比較においてではなく、フランチャコルタはフランチャコルタとして、その高みへと導いていくのだろう。