フランチャコルタ 2022
最後に少し、ワイン的な話をしよう。
2022年のフランチャコルタはとにかく暑かった。そして雨が全然、降っていない。フランチャコルタでは灌漑が許されているけれど、この地では、有機農法をはじめ、自然な栽培がかなり広まっていて、そのおかげでブドウは厳しい夏をよく耐えていた。
すでにフランチャコルタの畑は全体の66%が有機農法の畑だという。
先の『バローネ・ピッツィーニ』はそのなかでもパイオニア的存在だが、ここまで浸透してていると、もはや、ほとんどすべてのワイナリーが、こっちに舵を切っているといっていい。スパークリングワインの生産地としては、かなり先行している。
ナチュラルな栽培は、ブドウにとっては厳しい暮らしだから、時間が経つほどにブドウ樹のサバイバビリティが上がる。ある程度の年数を生きたブドウ樹は、強烈な日差しと暑さ、水不足に苦しんでいる様子はあったけれど、それで立ち枯れそうになるほどヤワな様子ではなかった。根が地の深くまではり、広い範囲から必要な水分を得ているのだ。
こうなると、水分とともに、氷河の侵食によって混ざりあった多彩な土壌の成分をブドウ樹が吸い上げ、ブドウの味わいや香りも、より複雑になることが期待される。
また、世界的パンデミックでワインの消費が減り、活動が制限されたなか、フランチャコルタでは多くの造り手が、ソーラーパネルの設置による、電力の自給自足、節水と水の自給自足といった、ワイナリーのアップデートをしていた。
世界が動き出せば、数年のマイナスはすぐに取り戻せる。立ち止まるのではなく、将来に投資すべし。こういう前向きな気質がフランチャコルタにはあるのだ。
実際、いま、良質なワインはそれが良質で名の通ったものであるほど、世界中で引く手あまたで、驚くほどに品不足な状況だ。パンデミック期間中に、歩みを止めていたら、期待外れのワイナリーとして、痛い目をみていたことだろう。フランチャコルタの選択は正しかった。
また、温暖化への対応についても、フランチャコルタは動きが早い。2017年に「エルバマット」という品種の使用を、10%まで、という条件付きながら許可し、積極的に研究している。フランチャコルタで一般的な白ブドウ、シャルドネよりも晩熟で酸が高いため、シャルドネが温暖化で酸味を保てなくなったとしても、それを補ってくれる期待値が高い。
エルバマットは16世紀にフランチャコルタで栽培されていた品種で、ミラノ大学のシエンツァ教授が30年前に発見したのだそうだ。
一方、先の『ミラベッラ』では、ピノ・ビアンコ(ピノ・ブラン)に注目している。現在も45haの自社畑のうち12haものピノ・ビアンコの畑を持っており、これはフランチャコルタの生産者としては最大。しかし、さらに自ら選別したピノ・ビアンコを増やす予定だ。ピノ・ビアンコは、昔からフランチャコルタには存在していた品種ながら、シャルドネ人気で栽培されなくなって、いまやフランチャコルタ全体では3%ほどの作付面積しかない。
『ミラベッラ』がこれほど、ピノ・ビアンコに注目しているのは、ピノ・ビアンコが暑くてもフレッシュさをキープできる品種であること、そして、畑の個性をよく反映する品種だから、だという。フランチャコルタではピノ・ビアンコは50%までしか使用を許されていないにも関わらず、『ミラベッラ』では、フランチャコルタと名乗れない、ピノ・ビアンコ100%のスパークリングワインを生産している。そして、これは、ピノ・ビアンコなんてつまらないブドウ品種だ、と考えている人にこそ飲んでみて欲しい、とても優れたワインだ。
また、土壌の研究も盛んで、今回、最後に訪れた『ヴィッラ・クレスピア』は、フランチャコルタの各地に57haの畑をもち、それを23区画に分けて管理しているのだけれど、大きく、地質の特徴から、フランチャコルタは6つのエリアに大別できるという。
そして、この6エリアを反映したフランチャコルタを基本に、6エリアのシャルドネをブレンドしたワイン『ミレ』を造る。
一族経営の『ヴィッラ・クレスピア』で2世代目にあたるミケーラ・ムラトーリさんは、ワイン造りは畑で7割が決まるといい、ワイナリーは水も電力も自給自足。高さで言うと、およそ12階分という上下方向に長いワイナリーになっているのも特徴で、地上階から搬入したブドウを、下へ下へと移動させながらワインを完成させていくことで、果汁に移動に伴う負荷をかけない。また、縦方向にワイナリーを広げれば、畑を建築物で潰してしまう量も減らせる、という。
このワイナリーの白眉は『シンビオティコ』というワインだと僕はおもう。得意のシャルドネ100%。SO2(酸化防止に添加する亜硫酸塩)不使用、ドザージュ(スパークリングワインの味の仕上げに添加する糖分)ゼロのすっぴんなのだけれど、酸化防止剤を使わなければ当然、ワインは酸化してしまう。これを酸化防止剤を使わないで防ぐためにあの手この手の技が使われたのだろう。それによってこのワインは還元的雰囲気も同時に持つ。このバランスが、見事な深みを与えている。そもそものブドウが優れており、また優れたブドウから上手に果汁を引き出し、良さを壊さずに醸造している、というのもあるのだろう。実際、良いブドウが収穫できた年にしか造らないといい、現行は2018年ヴィンテージだったのだけれど、デリケートな造りゆえ、輸出はできない、というのが実に惜しい。
フランチャコルタ取材もここで最後だったので、彼女にも「フランチャコルタとはなんですか?」 という質問をしてみた。
「私たちのワインは、ほかのフランチャコルタとは違うものだとおもっていますから、私たちのワインについていえば、ですが、重たくなく、難しすぎないワイン。それはボディがないワインとか、つまらないワインという意味ではありません。エレガントであり、それでいて強く、しっかりとしたボディがある。しかし、重たくも難しくもない。そういうワインが、私たちのフランチャコルタです」
実際、『ヴィッラ・クレスピア』のワインはそういうワインだったし、僕はこの旅を通して、フランチャコルタとはそういうワインだ、と確信するに至っていた。
そしてそれは、世界のワインを知った上で、フランチャコルタの人々が自信を持って成した選択の結果なのだ。