異業種へのチャレンジは祖父から
蒸溜所設立までのお話を伺っていると、まるですんなりと運命のように立ち上げまで進んでいたかのように感じますが、ふと考えてみると、全くの異業種。中澤さん自身も家族も異業種への参入への抵抗はなかったのか。それを知るために少しだけご家族のことも伺ってみました。
現在の八王子にある大信工業株式会社は中澤さんの祖父が代々木で立ち上げ移転してきた会社ですが、祖父以前のご先祖は、代々長野県諏訪で製糸業を営んでいたそうです。曽祖父は諏訪のシルク産業の歴史では有名な片倉財閥とも関わりがあった方で、一時は片倉工業の社長もされていたようです。
そんな歴史を持ちながらも戦後、祖父は戦友からの勧めで樹脂製造の工場を立ち上げます。それはその後の日本の潮目を見極め、発展していく産業だと直感で感じたからなのだとか。実際、樹脂製造産業は日本の高度成長を支える一つとなっていきました。
そんな祖父の血なのか、中澤さんが行った今回の事業はまるで同じような流れを感じます。これから必要な事業、発展が見える事業を直感で見極め、見つけたらそれに邁進していく、その行動力はもしかしたら受け継がれてきたものなのかもしれません。
「トーキョーハチオウジン」の目指すところとは?
そんな中澤さんに「トーキョーハチオウジン」の目指すところは? と伺うと、真っ先に「愛されるジンでありたい」と答えてくださいました。
彼のアイデンティティである音楽と飲食業に共通するのは、「お客様を楽しませ、幸せな気持ちをもたらすことができる」こと。それを東京八王子蒸溜所で生み出せたら、という思いを込めながら日々作業されているのだそうです。そして、地域性やハーブの個性を出し魅力としているジンとは違う、スタンダードで長く愛されてきた“ロンドンドライジン”のように、脇役となっても、それ単体でも輝きを放つ味わいをもつジンを提供していきたいのだと語ります。
厳選を重ねたボタニカルの素材と、欧州から取り寄せているコーンスピリッツを使用し伝統的な製法で試行錯誤を重ねて作られた「トーキョーハチオウジン」の味と香りには、深みと華やかさと厳格さが感じられます。それはオーケストラが指揮者のタクトにより様々な音を重ねハーモニーを生み出し楽曲を表現するように、中澤眞太郎という蒸溜者によって味と香りが引き出され、それらが絶妙に響き合いながら広がりと深みを重ねていきます。それがバーテンダーの手に渡れば、名脇役となったり、ベースとなったりして、全く新しく奥深いハーモニーを生み出すのです。
愛飲家だからこそ、求められているお酒は何か、という思いを素直に感じ取り、またそのことへの追求をワクワクしながら楽しみ、時代という波に乗りながら軽やかにチャレンジする。好きなことだからこそ時折ぶつかる壁に苦しみながらも楽しんで乗り越える。
八王子という恵まれた環境の中で、家族と先祖に見守られ、自らが築いた協力者や応援者に背中を押されながら、業種のカテゴリーを超えて自分の求める蒸溜酒を探求する中澤眞太郎さんの姿は、多様性という言葉をよく耳にするようになった“今”だからこそ、未来のワークスタイルなのかもしれません。