文=甲斐みのり 撮影=平石順一
名称は世界遺産「熊野古道」から
和歌山県の中南部、紀伊半島の南西に位置する田辺市は、世界文化遺産の「紀伊山地の霊場と参詣道(熊野古道)」と、世界農業遺産の「みなべ・田辺の梅システム」、ふたつの世界遺産を有するまち。
黒潮の恩恵を受ける海辺の市街地は、冬は温暖で夏は比較的涼しく、とても穏やかな土地柄だ。森林が大半をしめる中山間地域には、聖地として信仰を集める熊野古道があり、古(いにしえ)の時代から多くの人が訪れてきた。海から山にかけて豊かな自然に溢れ、梅・みかん・魚介類と、名産品もふんだんだ。
10年近く前から、トークショーの開催や観光案内冊子の制作を通して年に幾度か田辺へ通ううちに、年齢や職種をこえて友人・知人が増えていった。私の出身地は静岡県富士宮市だけれど、地元に帰省するより多くの日数を過ごしており、第二の故郷としてかけがえのない存在である。
数日を田辺で過ごして東京へ戻るときは、産直で購入した野菜、親しい農家さんからいただいた柑橘、地元で愛されるコーヒーやお菓子など、いつもどっさり荷物を抱えている。それらは私にとってすでにおなじみのものばかりだが、それだけでなく、毎回のように田辺みやげにもなる新しい食品に出合えるのも、地域を盛り上げることに熱心な土地だからだろう。
今年の初めに訪れた際にも、あらたな田辺みやげを持ち帰ってきた。日照時間が長いこと、気温に温暖差があること、水はけがいいことに加えて、ミネラルをたっぷり含んだ黒潮の風や、それを受け止める標高400メートルの大蛇峰と、良質の梅を育てるのに格好の条件が揃った土地であることから、江戸時代から梅の栽培が盛んな上芳養石神地区で、梅干し・梅酒の製造販売をおこなう〈濱田〉が、この冬から販売を始めたクラフトリキュール。
自社農園で梅の生産もおこなう濱田では、品質に問題ないながら流通にのせることができない規格外品や、高齢化により手間がかかる梅干し作りが難しくなった農家仲間の梅の活用が長年の課題だったそう。自分たちだけでなく、地域全体のことを考えて、大切に育てた梅が無駄にならないようにという思いから、新商品を開発。全て和歌山県内産の果実を使ったリキュールは、果樹園を意味する「オーチャード」と、熊野古道を掛け合わせて、「Orchard CODO (オーチャード・コドー)」と名付けられた。
代々濱田で受け継がれる伝統的な梅酒に、香りのいいエルダーフラワーを合わせた「梅とエルダーの芳醇スパークリング」。苦味と甘さをあわせ持つ夏みかんに、みかんの皮を干した陳皮をはじめ、ハーブやスパイスを加えてカクテルの定番であるスプモー二を和歌山風にアレンジした「夏みかんのスプモーニ」。農閑期にレモンを栽培する梅農家が多く、全国3位のレモン生産量を誇る和歌山県産のレモンの魅力を広く伝えるためにも、完熟レモンと赤ワインをブレンドして優雅な味わいに仕上げた「紀州レモンのビターレスカ」。
個性が異なる3種類が揃うことで、組み合わせる食材や自分の好みに合わせて、そのとき飲むものを選べるのが嬉しく、普段はほとんどお酒を嗜まないという人にも親しみやすい。
おみやげに届けたご近所さんは、さっぱりとした果実の風味との相性を考えて、肉料理と一緒に味わったそう。夫婦ともども気に入ってくれて、落ち着いたらみんなで田辺を旅しようと約束した。