この映画をボウイの一時期を描いた伝記映画だと思って観にいくとおそらくびっくりすると思う。がっかりする人ももちろんいるだろうけど、多くの人は予想の斜め上をいくおもしろい映画だと思うのではないだろうか。
映画の最初に「事実にほぼ基づく物語」と示されるが、この“ほぼ”の部分がすばらしい。実在の人物であったデヴィッド・ボウイのはずなのに、この映画で描かれるボウイは文字通り“ほぼ”ボウイだ。本人だけでない。たとえばこの映画の中で宣伝マンが持ち歩くアルバム『世界を売った男』のレコードのジャケットは一見すると似ているけれど、よく見ると本物ではない“ほぼ”『世界を売った男』のジャケットだ。シングルのカンパニー・スリーヴ(昔のアメリカではシングルにはジャケットがつかずその会社の共通のスリーヴ〜袋に納められて売られた)も同様に“ほぼ”。ジギー・スターダストになってからの稲妻マークも、よく見るとちがう“ほぼ”マークだといった具合。
なので、映画の中のいろいろなシーンも史実そのままとは思い込まずに、“ほぼ”だと思って観たほうが楽しめる。
ニューヨークでヴェルヴェット・アンダーグラウンドを観にいき、アフター・パーティーでルー・リードに賛辞を贈るというようなシーン(71年のヴェルヴェッツにルー・リード? と思うロック・ファンなら最高に楽しいシーンだ)やイギー・ポップを知ったきっかけも“ほぼ”史実だろう。でも楽しい。
映画では描かれていないが、この1971年のアメリカ旅行では、ボウイはロスアンジェルスでレコード会社の地域担当のロドニー・ビンゲンハイマーにジーン・ヴィンセントやアンディー・ウォーホールを紹介され、それがボウイの後のジギー・スターダストへの変身の大きなきっかけのひとつにもなった。その様子の一部は後にロスの音楽界の顔役になったロドニー・ビンゲンハイマーのドキュメンタリー映画『メイヤー・オブ・サンセット・ストリップ』(2003年:ジョージ・ヒッケンルーバー監督)で触れられている。ほんの一瞬、このときのロスでボウイが弾き語りをしたときの演奏の音も出てくる。機会があればぜひ。
以下余談。
この映画ではイギリスのシーンで、ミック・ロンソンらと共同生活を送っていたベックナムのハドン・ホールや、ジギー・スターダストが誕生したアイルズベリーがうまく再現して出てくる。ハドン・ホールがあった地の現在の様子は『音楽遠足』第4回で紹介しているので、ぜひ見てみてください。