現実と幻想が交錯する中にある真実とは…
冒頭、アンソニーの娘アンは、介護士をクビにした父親を心配して訪ねてくる。聞けば、腕時計を盗んだと思い込んだことが発端なのだが、腕時計はいつもアンソニーが保管している場所にあった。この頃はまだ認知症の症状が出始めた頃だったのだろう。激しい思い込みによる不信感は高齢者にありがち。その症状は大した問題でもなさそうだった。
そんなアンソニーに、アンは新しい恋人と一緒に生活をするため、パリへ引っ越すことになったと報告。ショックを受けながらも、アンソニーはジェームズと結婚していると思っていたという。だが、アンは5年前に離婚。アンソニーもその事実は知っているはずだと言う。思えば、この時に受けたショックが認知症を加速させることになったのか。
また別の日。居間には見知らぬ男性がいて尋ねると、アンと結婚して10年以上ここに住んでいるのだと言う。フランスに新しい恋人と引っ越すのではと聞くと、そんなはずはないとアンに電話。その電話を受け、急いで戻ってきたアンは、別の女性だった。混乱するアンソニーがようやく落ち着きを取り戻すと、見知らぬ男の姿はなく、アンも一緒に住んでいる夫はいないと言う。
また、診察を受けている際、アンソニーは医者にアンがパリへ引っ越す話をするのだが、アンは否定。ここで観客は、アンは結婚しているのか離婚しているのか、パリに行くのか行かないのか、混乱してしまう。
そういった意味でも、本作は真実を紐解いていく面白さもある。舞台原作らしく、登場人物は6人と少ない。アンの恋人に『ジュディ 虹の彼方に』(19)のルーファス・シーウェル、新しい若い介護人の女性ローラに『ビバリウム』(19)のイモージェン・プーツ、突然アンソニーの前に現れた謎の男に『プーと大人になった僕』(18)のマーク・ゲイティス、見知らぬ女性に『ゴーストライター』(10)のオリヴィア・ウィリアムズ。中には複数の役どころを演じる役者もいて、アンソニーと同じく、観客自身も混乱してしまう。
自分の人生を選ぶべきか、父親の世話をすべきか。超高齢社会にあって、誰もが向かい合うジレンマ。そんな人生の岐路に立った娘の苦悩も垣間見える。
映画は時代を映す鏡と言われるが、まさに今の時代に生まれた佳作と言えるだろう。