失礼を承知で、平たく表現することをお許しいただければ、「20代のおしゃれの先生は、77歳のおじいちゃん」なのである。決して大きなブームではなく、ささやかな現象かもしれないが、確実に熱をもった一つのムーブメントが起きているといっていい。この不思議な現象の背後にあるものを探るべく、お弟子さんのなかから3人、そして赤峰さんご本人に、それぞれ話を伺った。

右から森本彪雅(ひょうが)さん、赤峰さん、高橋義明さん、高原健太郎さん。森本さんと高橋さんは、〝アカミネロイヤルライン〟の顧客であり、高原さんに至っては「インコントロ」の社員なのだが、その関係性は「弟子」というのが最も似つかわしい。トランクショーや生地の開発等で日本中を駆け巡る赤峰さんには、全国にこういった「お弟子さん」が存在する

 話を伺う中で、赤峰さんとお弟子さんとの関係そのものが、たんに「おしゃれの師弟」関係にとどまらないことに気づいた。彼らの師弟関係はどこかノスタルジックでありながらも、その関係を通して、現代日本の問題点や、これからの社会に必要な心の持ち方まで考えさせられたのである。

 そこで前編では、若きお弟子さん3人がどのような思いで何を師匠から学びとっているのかをまずは紹介する。後編では、彼らの師弟関係から読み取れる現代日本の問題や、これからの社会を築いていくための姿勢について、考え、整理したことを書いてみたい。

 

高原健太郎(21)の場合: 服を着る必然的な背景を身に着け、マインドをまねたい

 「めだか荘」に行くと、高原健太郎さん(21)が出迎え、コートを預かり、お茶を入れてくれる。礼儀正しい、長身の好青年である。「インコントロ」の社員でもあるけれどむしろ赤峰さんの弟子という立ち位置でアシスタントを務めている。「めだか荘」ではゲストの応対やイベントのお手伝いなどをしている。

クラシック界ファッション界の巨匠である赤峰さんに弟子入りする傍ら、「mcnai(マカナイ)」という食をテーマにしたインディペンデントマガジンを製作するなど、ストリートカルチャーの世界でも活躍する高原さん。仲間内でも赤峰さんのスタイルは「色使いが格好いい」と評判だという。偏りのない彼らの視点から、今後どんなカルチャーが生まれてくるのか? とても楽しみだ

 高原さんがファッションに目覚めたきっかけは、中1か中2の時。同級生から「ダサくない?」と言われショックを受けたことが転機となった。ユニクロ、ギャップを買い、着回しを工夫した。高1,高2で神戸のヴィンテージショップとの出会いがあり、古着の楽しさ、かっこよさに目覚めていった。

 古着体験を通じてスーツスタイルをもっと学びたいと思ったが、メディアに露出する業界人のスタイルには違和感があった。服は文脈と社会性を伴うべきだと思っているのに、なんだか「ちゃらい」ように見えた。高原さんが「ダサい」と思うのは、必然的な背景もなしにポーズだけつける「ポーザー」である。スケートボードもしないのにボーダースタイルとか丘サーファーとか。スーツスタイルにしても、スーツ誌から飛び出したようなコスプレになるのはご免である。自分の背景と時代に合った装いをしたい。そんな矢先に赤峰さんが出演する動画に出会った。「この人、かっこいいな」と注目するようになり、門戸を叩くに至る。

空気を含ませながらゆっくりと織った昔ながらの生地は、風合いも豊かでそう簡単にへこたれない。赤峰さんが教えてくれる紳士服における真理は、食についてもあてはまる。高原さんは最近、体によい食材を選び、自炊することが増えたという

 赤峰さんとほぼ家族のように接するなかで、弟子が主に学ぶことは、礼儀作法、言葉遣い、日本の古くからの慣習といった、衣食住の基本である。スーツの着こなしの話はむしろ少ない。服装に関わる教えといえば、色合わせのことくらい。それも、散歩しながら自然の色彩から学んだり、ミルクティを飲みながらベージュの色加減について学んだりと、日常生活の延長上に生まれる営みである。日々、時間をともに過ごしながら、日本人としての生活や歴史を知り、そこから必然的に生まれる装いのルールや美意識を学び取っていくわけである。

 クラシックなスーツスタイルへの関心を入り口に、歴史を含む衣食住の基本の学習へ。懐古趣味なのかといえば、そうではない。彼が聞く音楽はUKミュージック、テクノ、ブラックなど。むしろ新しいもので、クラシック音楽も昭和歌謡も聞かない。ただシンプルに赤峰さんのスタイルが時代に合っていてかっこいいと思い、赤峰ワールドに引き込まれているのだ。「赤峰さんは白い服にコーヒーをこぼしても、しかたがないねと動じず着ている。そのマインドをまねたい」と彼は言う。