年の瀬を迎えた2020年12月10日に新しいスタイルのオンラインイベントが開催された。“オニワラ!「鬼と笑おう」〜未来をつくる座談会”である。今回のテーマは、「“お手元商圏/エンゲージメント商圏”で消費者はどうかわる?」だ。企画は日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)のIBM Future Design Lab.というチームだ。エンタープライズITの世界をリードしてきた同社がなぜ消費者の動向を考えるイベントを開催したのか。IBM Future Design Lab.の位置づけも含めて、イベントの様子をお伝えしたい。

ニューノーマルに求められる
企業と個人の関係の再定義

 新型コロナウイルス感染症の拡大により、社会も企業も個人も多大な影響を受けている。生活スタイル、ワークスタイルの急速な変化に伴い、生活様式や求める価値観も大きく変わりつつある。この変化にどう対応するかがこれからの企業の競争力を左右することになる。

 この大きな転換期をどう見ればよいのか。日本IBMの戦略コンサルティング&デザイン 執行役員・事業部長の藤森慶太氏は「コロナウイルスがもたらしたものは怖さだけではありません。コロナ前からある問題点があぶり出されたのです。私たちは本気でスピード感を持ってこの問題点に向き合わなければなりません」と語る。

 日本IBMでは具体的に6つの課題を提示している。「リアルとデジタル」、「専有と共有」、「グローバルとローカル」、「ヒトとAI」、「経済活動と社会」、そして「自由とプライバシー」だ。どちらかに偏りがちな2軸の中でどうバランスをとっていくかが問われているのである。

 これらの課題を解決するキーワードとして、IBM Future Design Lab.では「繋がる社会」を挙げる。ニューノーマルによって繋がることが加速され、それが持続可能なサスティナブルな社会を作り出していく。そこでは企業と個人の関係が再定義され、テクノロジーの活用がより重要になっていく。

 ニューノーマル時代の変化を捉え、対応していくには、事業部は勿論、企業や業界の枠を超えた議論が求められる。そのために企業のリーダーや有識者を交えて論点を抽出し、来たるべき社会の姿を描き出す。それがIBM Future Design Lab.の目的だと言えるだろう。

 日本IBMはIBM Future Design Lab.を「お客様の戦略の伴走をするコンサルタントとユーザ体験をデザインするデザイナー、そしてあらゆるステークホルダーとが共創するプロジェクト」と位置づける。Lab.そのものが従来の枠を超えた横のつながりを持っているところに、大きな特徴が有る。そのチームが今活動を開始したのだ。

"お手元商圏/エンゲージメント商圏"で
消費者はどうかわる?



 IBM Future Design Lab.の活動は大きく4つに分けられる。1つ目はテーマ別の論点を提起すること。現在公開されている動画シリーズ がこれに当たる。2つ目は様々な事例やユースケースの発信。3つ目は専門家との対話から導かれる知見の発信と共有、そして4つ目は調査・ヒアリング活動だ。

 今回催されたオンラインイベント「オニワラ」はIBM Future Design Lab.の3つ目の活動に該当する。「Vol.0」と銘打って開催された今回のテーマは、「“お手元商圏/エンゲージメント商圏”で消費者はどうかわる?」である。お手元商圏とはネットショピングを指し、エンゲージメント商圏とはロイヤリティの高い顧客によって形成される商圏と考えれば良いだろう。

 IBM Future Design Lab.が独自に実施した「生活者動向・DX受容性調査」で明らかになった消費意識の変化を題材に、パルコのオムニチャネル戦略をリードしてきた株式会社パルコ執行役員 林直孝氏、日本の自治体でいち早くデジタル推進本部を設け新たな挑戦を続ける浜松市の瀧本陽一氏を招いた。

 日本IBMからは、戦略コンサルティング&デザイン アソシエイトパートナーである髙荷力氏が議論に加わり、また、日本IBM出身で外資系ITベンダーやデジタル・クリエイティブ企業でマーケティングマネージャーやプロデューサーを歴任してきた株式会社HEART CATCH代表取締役プロデューサーの西村真里子氏が企画とモデレータを務めた。

 演出面でも通常のオンラインイベントとは一味違った工夫が凝らされていた。審査員役で参加した藤森氏が両手に鬼のイラストをプリントした「オニワラ」のプレートを持って待ち構え、座談会の最中に未来を感じるポイントを発見したら「オニワラ!」と叫んでプレートを挙げて乱入するという趣向を取り入れ、場を盛り上げた。

エンゲージメント商圏では
大企業の優位性が通用しない

 イベントは西村氏の軽快なトークで進められ、8月末にインターネットで実施した「生活者動向・DX調査」を担当した髙荷氏から調査結果のプレゼンテーションから始まった。この調査は「生活価値観」「消費意識」「ITリテラシー」「DX意識」などの指標を基本軸にDXへの総合的な態度を診断したもので、顧客タイプの定式化、変化の予測にもチャレンジしている。

 調査結果からわかったことは大きく4つ。1つ目は、DXによるサービスの高度化を重要するという許容層は43.1%あり、拒否層はわずかに12.5%しかいなかったことだ。「拒否層には男性20歳代と女性70歳代が多く見られました。これも発見です。意外にも若い男性に拒否層があるんです。テクノロジーの進化についていけないという警戒心がありそうです」(髙荷氏)。

 2つ目は、ネットとリアルのいいところを使い分けたいという“良いとこ取り”を望んでいる人たちが73%と多いことだ。自動化、高度化への期待も高い。コロナ禍を経験したこともあって、こうした要望が高まっていると考えられる。

 3つ目は、生活価値観として、健康や家族などへの意識が向上し、新たな価値観が生まれていること。元気で健康な暮らしが大切だという回答が87%を占めた。「次に多かったのは、将来が見通せないので、自ら備えることが大切という回答。これは決意表明とも読み取れます」と髙荷氏は語る。

 最後は、必要なものは所有した方が安心と考える人が72%を占めている点だ。これまでのシェアリングエコノミーのトレンドとは真反対だ。「巣ごもりや他人に対する警戒感から所有へとシフトしているのかも知れません」と髙荷氏。藤森氏は「個人は所有にシフトし、企業は従業員のシェアにシフトしているという傾向があります」と最近のトレンドを解説した。

 パルコの林氏は59%が自分にあった商品、サービスを提案してほしいと回答している点に注目し、「コロナ禍で好調なのは楽器。それと家具やインテリア」と話して「家にいる時間が増えただけに、自分が楽しむもの、自分にあったものを求めていることの象徴」だと指摘した。

 また瀧本氏は半数の人が自分の地元に貢献したいと考えている点に触れ、「マイクロツーリズムなどを通して地元の魅力を再発見してもらい、地域への愛着を深めてもらうようにしたい」と話した。

 髙荷氏は「全体に商圏が大きく変わっていく兆しを感じます。物理的な商圏がスマホからアクセスするお手元商圏のような仮想商圏が生まれました。今はその2つが合体した商圏ができてきていて、想いで左右されるエンゲージメント商圏になっていくのではないでしょうか。そこでは必ずしも大企業が優位に立てるわけではありません」と分析する。

令和の接客を実行するパルコと
市民起点でITを提供する浜松市



 続いて、林氏と瀧本氏によるプレゼンテーションが行われた。パルコのオムニチャネル戦略をリードしてきた林氏は、郊外店舗やネット販売が好調なのに対して、都心部では苦戦が続いているという現況を伝え、お手元商圏や足下商圏の強さを指摘した。コロナによりインバウンド旅行者が減少したが「渋谷パルコ」のブランド力が世界各国のお手元商圏を巻き込みコロナ以降30数カ国からオンラインで注文が入るという。

 特にこれまでと大きな違いがあったのは、新店舗のオープニングでの対応だ。同社は自粛ムードの広がっている2020年11月20日に心斎橋パルコを新規開店した。三密を避けるために行列ができた前年同時期の渋谷店のオープンとは違って、オープンから4日間は事前予約制をとって入館者数を制限した。当然、トータルでの来客者数は減ることになる。

 「ところが滞留時間は長くなりました。密ではないので安心して買い物ができたのです。ショップ側としてもしっかり接客ができました。その結果、お買い上げ率は80%を超えました。全国の店舗の平均が50%くらいですから1.5倍強になった計算です」と林氏は語る。

 リアルな店舗でゆっくり接客することで楽しい顧客体験が提供できたことが、コンバージョン率のアップに繋がった好例だろう。髙荷氏は「大量の人の移動に依存してきた、これまでのビジネスとは異なる、まさに“令和のスタイル”だと言えるでしょう」とその現象を評価する。

 人口減少に加えて、コロナ禍で地域経済が困難に直面している中、2019年10月にいち早く「デジタルファースト宣言」を行い、デジタルの力を活かした都市づくりに取り組んでいるのが、浜松市だ。そのエンジン役となっているのが、2020年4月に新設されたデジタル・スマートシティ推進事業本部であり、瀧本氏はその専門監として腕を奮っている。

 そのアプローチの特徴は「やらまいか型まちづくり」というスローガンに象徴されるアジャイル型のまちづくりと、市民起点のサービスにある。「地域医療を維持するために中山間地域においてオンライン診療の活用を検討するにあたり、市民起点からスマホで対応できない人に人が寄り添うサービスにしました」と瀧本氏は話す。

 浜松市では市長自ら「LGX(Local Goverment Transformation)」を掲げ、自治体自らDXに取り組むとともに、コワーキングスペースを整備しベンチャー誘致にも注力する。注目されたのが公園などに電源やWi-Fiを整備し車をオフィスにして働く環境を提供する「テレワークパーク」構想だ。本イベントの参加者からも多く「(このテレワークパーク構想に)応募したい」とのコメントが寄せられていた。

 デジタル領域だけではなく、リアルな企画にも積極的に取り組む。特産物のみかんを活用した「ミカンの木」のオーナー制度は幅広い人たちから注目を集めている。こうした官民一体の取り組みからエンゲージメントへとつなげていきたい考えだ。

データから顧客の関心事を把握し
本質的なニーズに応えるIT活用を

 最後にイベント全体を振り返りながら、ディスカッションが行われた。髙荷氏は「エンゲージメント商圏を構築するために重要なのは、自己紹介力と顧客理解力です。データを活用することで顧客理解の解像度を上げることができます」と語る。顧客を中心に据えることでDXの筋道が見えてくることは多い。

 林氏は「エンゲージメント商圏はコミュニティと捉えることができます。お手元商圏も足下商圏も関心事を軸にしたコミュニティ的な発想で取り組むのが、令和らしい取り組みではないでしょうか」と指摘する。マス的なアプローチで、打率よりも打数を重んじた昭和との違いを明確にしておくことが必要だろう。

 それを受けて髙荷氏がキーワードとしてあげたのが「関心視野」だ。関心がないと視野に入ってこない。当然、覚えてはもらえない。「そこに人の曖昧さがあります。だからこそスピーディにトライ&エラーを繰り返し、関心を持ってもらえるようにすることが、エンゲージメント商圏では大事になります」(髙荷氏)。

 「デジタルを受け入れるツボはどこにあるのでしょうか」という藤森氏の問いかけに、林氏は「顧客が望んでいるのはデジタル体験ではありません。リアルなコンテンツこそがツボだといえるでしょう。接客やミカンの木といった人間の本質に響くリアルがあって、その効果を高めるのがデジタルの役割だと思います」と話す。

 瀧本氏は「スマートシティやデジタル活用というと便利さばかりが強調されますが、今はQOLや安心、安全といったリアルな領域へつながることの価値が高まっています。デジタルの先に何を求めるのかを日々考えながら施策に取り組んでいます」と語った。

 藤森氏は「デジタル変革は画一的なものではないことがよくわかりました。やってみなければわからない部分が多い。人が活躍できるためのITを作ってく必要があると感じました」と締めくくった。社会とITの接点はますます広がっている。どんなスタンスから考えるかで結果は大きく変わってくることになるだろう。

本イベントは以下の動画にてご覧いただけます>>

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