文=鷹橋 忍

シヨン城遠景 写真=PIXTA

スイスで最も人気のある古城

 スイスで最も訪問者が多い城は、どこの城であるか、ご存じだろうか。

 それは、ヴォー州のレマン湖畔に建つシヨン城である。年間40万人以上の訪城者を誇り、「スイスで一番美しい城」と称される。レマン湖畔の岩盤上に佇むその姿は、まるで湖に浮かんでいるかように見え、非常に幻想的だ。ディズニー映画『リトルマーメイド』に登場するエリック王子の居城は、この城をモデルにしたともいわれる。

 スイスを拠点とするフィギュアスケートの宇野昌磨選手も、愛犬と共にこの城を散歩する微笑ましい動画を公開している。

 城の歴史を簡単に述べると、もともとはヴァレー州シオンの司教城郭であったが、12世紀頃には、レマン湖一帯から北イタリアにおよんで勢力を誇ったサヴォワ家の城となり、13世紀にピエール・ド・サヴォワ(ピエール2世)が、現在のスタイルの城へと増改築した。

シヨン城 写真=PIXTA

 1536年には、ヴォー地方を征服したベルン地方のスイス人により、城を占領される。以後、260年以上の長きにわたり、城は代官の住居や武器庫、牢獄としての役割を兼ねた。1798年のヴォー州革命後、1803年にヴォー州の所有となり、19世紀末から修復が行われ、現在に至っている。

 シヨン城に年間40万人以上の観光客が押し寄せるきっかけを作ったのは、ゲーテに「今世紀最大の天才」と絶賛されたイギリス・ロマン派の代表的詩人バイロン(1788~1824年)である。

 1816年にシヨン城を訪れたバイロンは、かつて城の地下牢に幽閉されていた実在の人物フランソワ・ボニヴァール(1493?~1570年)をモデルに、長編叙事詩『シヨン城の囚人』を書き上げた。

 囚われの身となった主人公の魂の叫びを、ロマンティックに謳いあげた『シヨン城の囚人』は、20の言語に翻訳される空前の大ヒット作となり、シヨン城の名は世界中に広まった。シヨン城の主役は「囚人」なのだ。

『シヨン城の囚人』では暴君に立ち向かう自由の象徴のように描かれ、多くの読者の心を揺さぶったボニヴァールだが、実際にはどのような人物で、なぜ、囚人となったのだろうか。

 

地下牢に4年間、幽閉される

 バイロンが創りだした『シヨン城の囚人』の主人公と、歴史上のボニヴァールは異なった経歴をもつ。

 歴史上のボニヴァールは、サヴォワ領内の小貴族の家に生まれた。イタリアのトリノ大学、ドイツのフライブルク大学で学んだ学識豊かな人物で、ジュネーヴの聖ヴィクトール修道院を相続した。

 当時のジュネーヴはサヴォワ家により支配されていたが、ボニヴァールはジュネーヴの独立を支持したため、サヴォワ家によって二度も投獄されてしまう。その二度目の投獄先が、当時サヴォワ家が所有していたシヨン城であった。1530年のことである。

 1532年からは地下牢に幽閉され、鉄鎖で繋がれた。シヨン城には現在でも、ボニヴァールが幽閉されていた牢獄や、彼が繋がれていたとされる足枷が現存している。

 地下牢は、湖水面下に設けられた「岩屋牢」で、もともとは武器庫であったという。寒くて暗い、いつ獄死しても不思議はない環境であったに違いない。

 ボニヴァールはそんな過酷な牢獄で4年を耐え抜き、1536年、シヨン城を制圧したベルン地方のスイス人によって解放された。『シヨン城の囚人』の主人公は、長い幽閉生活に慣れてしまい、牢獄を去る際にため息を漏らすのだが、歴史上のボニヴァールは自由の身になる際に、何を思ったのだろうか。

 地下牢には、ボニヴァール以外にも数々の政敵が囚われ、拷問にかけられたり、残酷な方法で処刑されたりしたという。実際に、シヨン城には絞首台や、処刑所に使われたと思われる場所が残っている。美しいシヨン城に隠された、暗黒の一面である。

 また、地下牢には「BYRON(バイロン)」という文字が刻まれた柱が存在する。残念ながら、これはバイロン自身が書き記したものではないとする説が有力だが、この柱はシヨン城の観光の目玉である。

シヨン城の「BYRON」の文字

 

芸術家にインスピレーションを与える城

 シヨン城に創作意欲をかき立てられた芸術家は、バイロンだけではなかった。

 哲学者にして思想家、小説家としての顔ももつジャン・ジャック・ルソー(1712~1778年)が描いたベストセラー恋愛小説『新エロイーズ』には、シヨン城が重要なシーンに使われている。

 アメリカ生まれのイギリスで活躍した小説家ヘンリー・ジェイムズ(1843~1916)は、シヨン城が登場する中編小説『デイジー・ミラー』で、作家としての地位を確かなものにした。

 また、フランスの作家ヴィクトル・ユーゴー(1802~1885)、『三銃士』や『モンテ・クリスト』の著者アレクサンドル・デュマなど多くの文豪が、シヨン城とその風景に魅せられたという。

 文学者だけにとどまらず、絵描きたちもシヨン城を題材に筆をとった。

 特に写実主義の巨匠・フランスの画家のギュスターヴ・クールベ(1819~1877年)はいくつもの『シヨン城』を描き、その絵を生涯にわたり、誰にも売ることはなかったという。

ギュスターヴ・クールベ《シヨン城》1874-1877 油彩、キャンバス

 19世紀イギリスで最も偉大な風景画家と称されるウィリアム・ターナー(1775~1851年)も、レマン湖に浮かぶシヨン城や山々を、幻想的に描いている。シヨン城は、芸術家にインスピレーションを与える城なのだろう。