アメリカ人初のF1チャンピオン、フィル・ヒル

 最初にレーシング・ドライバーとして出てくるのはフィル・ヒル。1961年、アメリカ人で最初にF1チャンピオンになったひとです。

 1961年、ヒルはフェラーリに乗って、同僚のウォルフガング・フォン・トリップスとチャンピオン争いをする。フォン・トリップスのほうがポイント争いでちょっとリードしていた。ところが、第7戦のイタリアGPでフォン・トリップスはクラッシュして観客席に飛び込み、14人の観客と一緒に亡くなってしまう。かたやフィル・ヒルは優勝して世界チャンピオンになる。レースが終わって、ライバルのフォン・トリップスが死んだということを知って、ひと目をはばからず、わんわん泣いたそうです。この映画のときにはF1から引退していたのですが、そのフィル・ヒルが最初に出てくる。

 それからヨッヘン・リントの横顔が出てきます。リントはF1参戦3年目。将来のチャンピオン候補です。実際、1970年にF1チャンピオンとなる。でも、それは9月のイタリアGPで彼が亡くなってからあとのことです。それまでにリントが稼いでいたポイントに、だれも追いつけなかった。死後、世界チャンピオンになったのはリントだけです。

 このほか、リッチー・ギンサーや、グラハム・ヒル、フォン・マヌエル・ファンジオ、ポール・フレール等々が顔を見せます。

 監督は、本物に優る迫力はない、と考えた。スティーヴ・マックイーンが「栄光のル・マン」でやったのとおなじ手法です。「栄光のル・マン」は公開が1971年。フランケンハイマーのほうがちょっと早かった。

 レースにもクルマにも興味のないひとにとって、レース・シーンは退屈かもしれません。実は私も子どもの頃、テレビ放映で初めて観て、レース・シーンは眠くなりました。テレビの画面はもともとそんなに大きくありません。葉巻型のF1カーの横走りのシーン、その画面が4分割になり、4分割が16分割になり……と、どんどん分割されてゆく。だからなに? と思いました。

 

モンテカルロ市街を走るGP

 さてこの映画、モナコGPの空撮シーンからお話が始まります。華やかなF1のなかでも、もっとも華やかな、モンテカルロ市街を走るグランプリです。

 ブライアン・ベドフォード演じるスコットランド人ドライバーの独白に始まり、次にジェームズ・ガーナー演じるアメリカ人ドライバーが、「ここでは2600回ギアチェンジする。3秒に1回、ギアチェンジが必要だ」とつぶやきます。そして、そのギアの不調で遅れをとり、チームメイトのブライアン・ベドフォードがクラッシュする原因をつくって、チームをクビになります。

 フェラーリに乗るのはイヴ・モンタンとアントニオ・サバト、かたや2度チャンピオンになったベテラン、こなた怖いもの知らずの若きイタリア人ドライバーという役どころです。

 2年前からF1に参戦、まだ1勝もしていない日本の矢村モータースの矢村某を演じるのが三船敏郎です。モデルは、1964年からF1への挑戦をはじめたホンダです。三船敏郎は、スランプに陥っていたジェームズ・ガーナーにシートを用意し、「きみは勝てるドライバーだ」と励まします。

三船敏郎演じる矢村伊造(手前)は、ジェームズ・ガーナー演じる米国人ドライバーのピートを自身のF1カーに乗せる。1964年、ホンダがF1挑戦1年目に起用したロニー・バックナムとガーナーの雰囲気がなんとなく似ているのは、おそらく偶然ではない photo: PPS通信

 4人のドライバーと彼らをとりまくひとたちの群像劇なんですね。で、モナコからフランス、ベルギー、オランダ、アメリカ(文字の説明だけ)、イギリス……と転戦しつつ、勝者の栄光と死、明と暗が描かれつつ、クライマックスの最終戦のイタリアGPへと向かう。この4人のうち、ここで勝った者がチャンピオンになるのです。

 イヴ・モンタン演じるジャン=ピエール・サルティは、その名前とヘルメットのデザインからしてジョン・サーティースがモデルです。サーティースは2輪で世界チャンピオンとなり、その後4輪に転向、1964年にフェラーリでF1世界チャンピオンになりました。2輪と4輪、両方でチャンピオンになったのはサーティースだけです。