花王 DX戦略部門DX戦略デザインセンター全社DX推進部部長の内山徹也氏(撮影:千葉タイチ)

 花王は、全グループ社員2万8000人を対象にした「DX人財」の育成を開始した。同社では、2018年から段階的にDXを推進し、すでに1000人の「シチズン・ディベロッパー」が各部門で自らの業務のDXを実践している。今回、全社員に向けて導入した「DXアドベンチャープログラム」は、社員一人ひとりのスキルに合わせたプログラムを提供するもの。さらに今後は、部門の特性やニーズに合わせたプログラムの提供も進めていくという。花王がDX人財育成の対象を全社員に広げた背景、DXアドベンチャープログラムの内容などについて、DX戦略部門DX戦略デザインセンター全社DX推進部部長の内山徹也氏に話を聞いた。

シリーズ「DX人材」
今企業には「DX人材」、すなわちデジタル技術を武器に業務を見直し、事業を創り、そして企業を変革していく者が必要だ。本特集では、DX人材の育成にチャレンジングに取り組む企業を取材し、各社の育成におけるコンセプトやメソッドを学んでいく。

第1回 豊田合成
第2回 住友重機械工業
第3回 ジェイテクト
第4回 デンソー
■第5回 花王 ※本稿
第6回 帝人
第7回 富士フイルムホールディングス
第8回 キヤノン(前編)
第9回 キヤノン(後編)
第10回  神戸製鋼


<今後の掲載予定企業>
ブリヂストン、東洋紡、アイシン
※掲載企業は変更になる可能性があります。

DXの土台を築いた1000人の“非IT技術者”たち

——花王ではグループ全社員を対象に「DX人財」育成プログラムを実施し始めたとのことですが、なぜ全社員を対象にするのでしょうか。

内山 徹也/花王 DX戦略部門DX戦略デザインセンター全社DX推進部部長

博士(工学)修了後、2001年花王株式会社に入社。ハウスホールド研究所やマテリアルサイエンス研究所にて研究開発を担当。2016年度に農林水産省に出向し、バイオマス行政や、次世代政策立案プロジェクト「チーム2050」に参画。2018年に先端技術戦略室に帰任し、課長としてデジタルによる能率化テーマを担当。2022年に先端技術改革部部長(デジタル運用担当)。2024年は全社DX推進部部長とデジタル事業創造部部長(社内連携)を兼務。

内山徹也氏(以下敬称略) DX推進の土台が全社で構築されつつある中で、社員からデジタルスキルを学ぶ場が欲しいといった声が徐々に増えてきました。DXの勉強をしたいが、何から始めればいいか分からないという悩みも聞かれます。今後さらにDX推進を加速していくためには、私たちも全社的なデジタルスキル向上の必要性を感じており、花王グループ全社員のデジタルスキル向上を目指して2023年11月から「DXアドベンチャープログラム」を開始しました。

 もともと花王では、2018年から各部門のデジタルリテラシーの高いコアメンバーを中心に、プロジェクトベースでDXを推進してきました。当社は研究開発から生産、販売まで一貫して自社で実施してきたこともあり、「自分たちの力で解決していく」という姿勢が強い会社です。こうした社内風土にも恵まれ、IT技術者ではない「シチズン・ディベロッパー 」を各部門で育成し、現在約1000人が先行して現場でDXの推進を進めている状況です。
 
——シチズン・ディベロッパーとはどんな人たちですか。

内山 シチズン・ディベロッパーは、身近な業務課題を発見し、デジタルツールを使って自ら業務プロセスの改善に取り組む“非IT技術者”のことです。スキルの個人差はあるものの、マイクロソフトの「Power Platform」やUiPathなどのローコード、ノーコードツールを主に活用しています。それぞれが所属する部門で、デジタルツールを使って業務課題の解決などDXの推進に取り組んでおり、特に生産部門のような定型業務が多い部門ほど成果を大きく発揮している状況です。

 シチズン・ディベロッパーは各部門で個別に活躍してきましたが、あるときこれらの社員の取りまとめを行い、情報共有の場や横のつながりを持てるようにしました。それぞれのDX事例や取り組みも全社に共有する形を取ったのです。これにより、DXの機運もさらに高まっていきました。
 
——シチズン・ディベロッパーがDX推進の“いいお手本”になったわけですね。

内山 はい。もともとデジタルが専門でない社員が、DX推進の立役者として活躍できていることがポイントだと思います。「自分でもできるかもしれない」という勇気やモチベーションを他の社員たちに与えられているのではないでしょうか。

 例えば、工場長のキャリアを持ったメンバーが、ゼロからPower Appsを勉強し、業務改善に大きく貢献した事例があります。彼はコロナ感染者に関する社内手続きを簡略化するアプリを自ら開発し、1万4000時間も業務時間を削減させています。こうした非IT技術者がロールモデルとして存在していることは、われわれとしても非常に心強く感じます。