「戦後最大の疑獄」の渦中にあった田中角栄に三度あった「潔い引き際」を飾るチャンス、それを遮った再起への執念 首相となって初めての記者会見に臨む田中角栄。1972年7月19日、首相官邸にて(写真:共同通信社) (画像1/6) 逮捕され、東京拘置所に護送される車中の田中角栄前首相(中央)=1976年7月27日(写真:共同通信社) (画像2/6) ロッキード事件丸紅ルートの判決公判で懲役4年の実刑判決を言い渡され、東京地裁を出る田中角栄元首相=1983年10月12日(写真:共同通信社) (画像3/6) 1984年9月、田中派の青年研修会に出席した田中角栄元首相(左)と竹下登蔵相=静岡県・函南町の富士箱根ランド(写真:共同通信社) (画像4/6) 1989年12月、引退表明後、初めてお国入りした田中元首相。支持者らの出迎えに感極まり涙ぐむ。左は娘の真紀子氏(写真:共同通信社) (画像5/6) 『偉人の生き延び方 副業、転職、財テク、おねだり』(栗下直也著、左右社) 拡大画像表示 (画像6/6) 「戦後最大の疑獄」の渦中にあった田中角栄に三度あった「潔い引き際」を飾るチャンス、それを遮った再起への執念 この写真の記事を読む