経年で価値を増す、街とブランドの関係をつくる
名門ブランドが求める価値と、新門前通のストーリーとの巧みなマッチングには、仕掛け人がいる。株式会社リンクアップの代表取締役・今井雅敏氏だ。地元のマーケティングコンサルティング会社として、これまで祇園南側に「ライカ京都店」を含め13件の出店をサポートしてきた。
幼い頃から慣れ親しんだ祇園町に深い愛着を持つ今井氏は、「祇園が、ブランドストリートになったらいいとは思いません」と断りつつも、「かつて200軒以上あったお茶屋さんが今52軒しかない。新しい道を探りながら、街としてどういう形が一番ええんかっていうのを、考えるところに来てるんやないかと思います」と(京言葉で)言う。
問題は、地元の人の守ってきた街のイメージとのミスマッチだ。伝統を大事にする人たちの志や考え方と矛盾しないリーシング(出店)を導くことで、街のアイデンティティを損なわず、経年変化に新鮮な魅力と価値を加えたい、というのが今井氏の思いだ。
「たとえば、世界で初めて市販された35mmライカのプロトタイプが2022年に20億円で落札されました。年月を経て人が受け継ぎ、あるいは手を加えたりしながら、価値が上がるものがある。それは街も同じ。クラフトマンシップを大事にされている老舗メゾンも、経年劣化でなく“経年優化”する街の雰囲気に、ブランドイメージを重ねたいと思っている」
ものづくりへの志を、世界に向けて押し出して行ける場所
今井氏のリーシングで、ジョンロブの隣にオープンしたMOMOTARO JEANSは世界のジーンズ産業の聖地、岡山・児島発のデニムブランドだ。
「衣類の中では珍しい例だと思いますが、ジーンズもヴィンテージ=経年が価値になります。そういう意味で、古美術店が並ぶこの新門前通りとは、相性がいい」(広報の室山麻実さん)
シルクやカシミアを織り込んだデニムなど、オリジナルなものづくりをさらに極めてリブランディングする契機として、海外からの来客も多く、発信力のある京都のこの地を選んだ。
京都の染織とデニムには意外な縁もある。セルヴィッチ(赤いステッチのあるヴィンテージ風のデニム)は旧式力織機で織られるが、この織機は西陣織とも共通する伝統的な「手機(てばた)」をもとにしたものだという。
「織機はもう生産されておらず、メンテナンスできる職人も減っています」
実のところ、「ものづくり」を誇る京都も、「匠の技をどう存続させてゆくか」という同じ悩みを抱いている。職人技の伝統に共鳴して京都に参入したブランドとの交流が、逆に地元の伝統産業を刺激し、共に経年優価する未来もあるのではないか。
「情緒」は、住人の思いと志によって守られる
祇園周辺でもう1か所、情緒と静けさが保たれているエリア「石塀小路」にも今年、新しいブランドショップが登場した。世界的にファンの多いコーヒー器具ブランドのHARIO CAFEだ。
場所は家屋の一部を利用したギャラリー跡で、オーナーがテナントに求めた条件は「騒音や食べ物の匂い、行列などができない」こと。町内に出店を審査する制度はないが、オーナー自身、そして近隣の人たちがここに住み続ける上で「不自然にならないように」という気遣いは、ごく当たり前のことだった。
小路には飲食店や旅館もあるが、どこも庭の手入れや管理が行き届き、住人こそが京都の「情緒」と街の風格を育んできたことが、肌で感じられる。街と店の“経年優化”の鍵となるのも、やはり地元の人なのだ。
京都に出店してくる外資(東京を含む)が地元と不協和を生じる原因は、この部分の無理解に尽きる、と私は思う。京都の人は、近隣を気にし、見張り合い、「不自然なこと」が少しでもあれば、やんわりとイケズで刺す。生まれてから死ぬまで、そんな緊張感に満ちた空気の中で生き、独特の自治で守ってきたのがこの街の美しさと情緒だ。それを外資が「金で京都を買える」と思って来られると、そりゃあ、最大級のイケズで対抗したくもなるだろう。