「新しきボス」と呼ばれたアントウェルペンの版画下絵画家時代

 イタリア旅行から帰国したブリューゲルは、ネーデルラント最大の版画発行者ヒエロニムス・コックの店「四方の風」で版画の下絵画家となります。

 ここで銅板版画の制作に携わりますが、ブリューゲルは下絵だけ描いて、実際に削った作品は《野うさぎ狩りのある風景》(1560年)1点だけでした。

《野うさぎ狩りのある風景》1560年 エッチング・エングレーヴィング 22.3×29.1cm ブリュッセル、ベルギー王立図書館

 下絵には風景を扱ったもの、《大きな魚は小さな魚を食う》(1557年)のような諺を題材にしたもの、寓意画も多くありました。これがのちに風景画や民衆文化として花開きます。その下地をコックのもとで作っていったのでした。

《大きな魚は小さな魚を食う》1557年 エングレーヴィング 22.9×29.7cm アムステルダム、国立美術館

 また、《聖アントニウスの誘惑》(1556年)のような、当時大人気だったヒエロニムス・ボスに似せた幻想的な版画の下絵を描いていたことから、ブリューゲルは「新しきボス」と呼ばれて評価されました。

《聖アントニウスの誘惑》1556年 エングレーヴィング 24.4×43.3cm アムステルダム、国立美術館  ボス的な生き物が描かれている

 当時、大画家だったボスのようだと言われるのは、大賛辞でした。ボスと発想は同じですが、ブリューゲルのインスピレーションを源にして描いた怪物や悪魔、あるいは想像上の合成した化け物はおどろおどろしいボスの化け物より少し可愛げがあります。

 前出のカーレル・ファン・マンデルはブリューゲルについて「……たとえ頑固でしかめ面の鑑賞者であっても、彼の絵を前にすると、少なくとも口角が上がるかにやりとせずにはいられない。」(カーレル・ファン・マンデル『北方画家列伝 注解』)と書いています。ここからわずかですが、ブリューゲル像が浮かび上がると思います。