現在3名しかいない、太夫を志す者の憧れ「切語り」

豊竹若太夫 襲名披露の演目は、『和田合戦女舞鶴(わだかっせんおんなまいづる)』。前々作の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも知られる、鎌倉幕府の有力御家人、和田義盛の反乱を背景にした時代物浄瑠璃だ(二代目歌川豊国作『和田合戦図』)

 襲名披露で語る『和田合戦女舞鶴(わだかっせんおんなまいづる)』は豊竹座で初代若太夫が初演。『鎌倉殿の13人』の愛されキャラ和田義盛(わだよしもり)とその一族が北条氏によって滅ぼされた「和田合戦」を背景にした時代物。なかでも「市若初陣(いちわかういじん)の段」は祖父である十代目若太夫が襲名披露で語り、得意とした曲。人形つきではなかなか上演されることはなく、東京では35年ぶり、大阪ではなんと59年ぶりになるという。当代は英太夫時代の2009年に早稲田大学で初めて語り、その後も何度も素浄瑠璃(すじょうるり)の会で語っており、満を持して襲名披露公演に臨む。

 今でこそ文楽を「観に行く」と言うが、昔は浄瑠璃を「聴きに行く」と言ったそうだ。現在でも人形なしで太夫と三味線だけの素浄瑠璃の会があちこちで開かれている。

 現在は1段を複数の太夫で語り継いでいくことが多い。3場に分かれるときはそれぞれを「口(くち)」「中(なか)」「切(きり)」といい、山場中の山場である「切」を語ることができる太夫が「切語り」(切場語りとも)。プログラムの配役表にも名前の上に「切」と表示されている。太夫を志す者いつかは、と仰ぎ見る憧れの存在だ。

 今年1月31日、人間国宝の豊竹咲太夫(さきたゆう)が亡くなったため、現在の切語りは、今回襲名披露の豊竹若太夫、竹本錣太夫(しころだゆう)、竹本千歳太夫(ちとせだゆう)の3人。

 今回の襲名披露に際し、大阪・国立文楽劇場公演開幕前日の4月5日には前夜祭のトークイベントを実施。東京でも開幕前日の5月8日にシアター1010にて前夜祭トークが行われるほか、ゴールデンウィーク最終日の5月6日には足立区・西新井大師でのお練りと成功祈願法要、『二人三番叟(ににんさんばそう)』の奉納も行われ、待望の若太夫復活を祝するムードに満ちている。

 もちろんゆかりの技芸員が揃いの裃(かみしも)で並ぶ「口上」もある。歌舞伎の口上と比べて、文楽はだいぶあっさりめ。幹部俳優が口を滑らせちょっと危ないエピソードをばらされることもなく、ほっこりエピソードが披露される程度。そして襲名の本人が口上を述べないところが決定的に違う。文楽はやっぱり真面目だなあ、とこんなところでも思わされる。