国立劇場の養成所出身者がスーパー歌舞伎で活躍

現在、建て替え中の国立劇場。養成所の研修期間は2年間で、応募は中学生以上、原則23歳以下であれば経験は問わない

 国立劇場の伝統芸能伝承者養成所は、1970年に開かれて以来、たくさんの歌舞伎役者の卵を育ててきた。

 研修生になると、全日制で2年間学ぶことになる。歌舞伎実技・日本舞踊・長唄・義太夫から、立ち廻り・とんぼ(とんぼ返り)・化粧・衣装などに至るまでみっちり学んだのちに、幹部俳優に入門し、歌舞伎俳優として出演することになる。

「実は研修生が、講師たちよりいい車に乗って来ているなんていう話も聞きます。養成所を出ても役者としてやっていけるかどうかは未知数だから、裕福な家庭の子どもが多いというわけですね。

 研修所出身の市川笑也が、スーパー歌舞伎第2作『オグリ』(1991年)で当時の猿之助(二代目市川猿翁2023年没)の相手役として異例の抜擢をされたときは驚きました。ちなみに笑也の実家も大きな会社を経営しているようです」

 澤瀉屋一門は、市川猿翁が「二十一世紀歌舞伎組」と名付けて若手出演の機会を設けた。若手たちは大きな役を得て舞台に立つ機会が多くなり、ほかの部屋子とはまた違う道筋で、古典から新作まで幅広く活躍できた。

「とはいっても、歌舞伎は封建的で因習のかたまりのような世界ではあり、梨園出身でない役者たちは、一般社会では完全アウトなパワハラや嫌がらせにさらされてもきています。それでも、彼らは歯をくいしばって腕をみがいて戦ってきた。また、梨園のほうでも、新しい才能を入れていきたいということですね」

 しかし、歌舞伎の家に生まれたら、なんといっても有利だ。

「小さいときから歌舞伎に触れる時間が圧倒的に長いということ。それは、演技やせりふだけではない。履物のつっかけかただったり、衣裳の裾裁きだったり、小道具の扱いだったり、ちょっとした立ち居振る舞いに出てくるんです」

 歌舞伎の世界を壊すような一瞬が見えたら、観客は一気に興ざめしてしまう。

「粋、たたずまい、雰囲気。その舞台の中にしっくりとはまっているかどうか。これはもう、一朝一夕でできるものではなく、やはり、小さいころからの恵まれた環境がものをいうんですね」

 それでも、そこに生まれなくても、歌舞伎に取りつかれる少年たちはいる。あるものは部屋子となり、あるものは国立劇場の研修所で朝から晩まで叩き込まれて、その後も必死に努力していくしかない。

 

テレビ界を制した俳優が舞台に立ったら

「映像の世界であれだけ名演技を見せていた香川照之(58歳)が、市川中車を襲名していきなり歌舞伎役者となったらどうなるのか、興味津々でした。歌舞伎の修業をしていないといっても、名優・猿翁の息子で、DNAとしては申し分ないわけですし。

 しかし正直なところ、初舞台(2011年)は脇にいる研修所出身の若手たちに比べても、違和感がありました。昔から歌舞伎を観ている長唄の師匠は、『“板につく”っていうでしょ。歌舞伎座の板張りの舞台、歩くのもただ立ってるのも、そんな簡単なもんじゃないのよ』と言ってましたね。

 新作やスーパー歌舞伎はともかく、古典の演目は、なかなか難しいようです。苦労している様子を見るにつけ、歌舞伎は魔界だと思います」

 

※情報は記事公開時点(2024年3月29日現在)。