歌舞伎座四月大歌舞伎で「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」(4月2日~26日、※休演・貸切日あり)に主演するのは、片岡愛之助(52歳)。「半沢直樹」などのテレビドラマでも知られ、妻の藤原紀香(52歳)とともに有名タレントでもある片岡愛之助は、歌舞伎俳優の家系「梨園」の出身ではありません。歌舞伎俳優約300人のうち、一般の家庭に生まれた国立劇場の研修生出身は3分の1にものぼるといいます。通に聞く、梨園出身とそうでない役者たちの違いから、歌舞伎とは何か、も見えてきます。

文=新田由紀子 写真=PIXTA

桜の名所として名高い、奈良県吉野山が舞台の一つとなる「義経千本桜」の義経と狐忠信

梨園出身の圧倒的なアドバンテージ

 歌舞伎役者は、代々続く家の御曹司がなると思われがちだが、歌舞伎役者として最も知られている一人の愛之助も、女形の頂点・坂東玉三郎(73歳)も、実は一般家庭に生まれている。歌舞伎の家に生まれなくても花形役者になる道はあるというわけだ。

 歌舞伎を観続けて40年の岡村明子さんは、歌舞伎の名家に生まれた御曹司たちは、圧倒的なアドバンテージを持っているという。

「彼らは、子どものころ『おとうちゃまのようなカブキヤクシャになりたい』と言って芝居ごっこばかりしていた、といいます」

 一流のプロの姿を見て育つ。さらに、小さいうちから舞台に出て、場数を踏む。発表会などではなく、プロとして舞台に立ち続ける。親の後押しを受けて、いい役にもつける。

「まだ後ろに並ぶ家来役の時から、いずれは自分が真ん中で主役をやるんだ、という自覚を持って、舞台に立ち続けるわけです。幕だまり(劇場の上手・下手の引き幕をためておく場所)や照明の横から、公演期間の毎日、必死に舞台を見ているようです。

 他の演劇のようにオーディションで役をつかんだりするのではなく、役を見据えて育っていくという特殊な世界なんですね」

 

歌舞伎好きを見込まれた「部屋子」というルート

 片岡愛之助は、子役の舞台を認められて、十三代目片岡仁左衛門(1903~1994)の部屋子(へやご)になり、そののち片岡秀太郎(1941~2021)の養子になった。今や、誰もが知る関西歌舞伎の看板役者で、今年4月に上演される演目である「夏祭浪花鑑」で、令和5年度の芸術選奨も受賞している。

 同じ「夏祭浪花鑑」に出演する中村莟玉(かんぎょく 27歳)は、編集者の両親に連れていかれて歌舞伎が大好きになったという。幕間にロビーで『切られ与三郎』(「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」の主人公)の真似をしていて、日舞の師匠に声を掛けられたのが小学校1年生の時。そこから、中村梅玉(77歳)に紹介されて初舞台を踏み、部屋子となって修行を重ね、いくつもの役をつとめている。

歌舞伎狂言「与話情浮名横櫛」は実話をもとに書かれ、千葉県木更津市の光明寺には「切られ与三郎」の墓も

「愛之助も莟玉もたどった“部屋子”とは、見込みがあって幹部になって行く可能性があるとして特別な教育を受ける立場ということです。子役の時から幹部俳優と鏡台を並べさせてもらえる。楽屋での行儀から舞台での芸など、さまざまなことを仕込まれます」

 歌舞伎の子役は、操り人形の動きを取り入れたといわれる独特のしぐさやせりふで舞台に登場する。子役に限っては、男の子だけでなく女の子も舞台に立てる。歌舞伎の家の子女だけでなく、子役専門の劇団や松竹が主宰する「こども歌舞伎スクール寺子屋」からも出演している。

「“演技がうまくて泣かせる”とかではなくて、芝居を壊さないうまい子役というのがいるんです。そんななかから、本当に歌舞伎が好き、というところを見込まれて、部屋子になっているようです」

 

「部屋子」出身の主な歌舞伎役者たち

[澤瀉屋一門]

市川右團次(60歳)、市川笑三郎(えみさぶろう 53歳)、市川笑也(えみや 64歳)、市川猿弥(えんや 56歳)、市川青虎(せいこ 40歳)

[成田屋一門]

市川福太郎(22歳)、市川福之助(18歳)

[菊五郎劇団]

尾上菊市郎(55歳)、尾上菊史郎(51歳)

[松嶋屋関係]

片岡愛之助、片岡愛三朗(20歳)、片岡千太郎(17歳)、上村吉太朗(23歳)

[その他]

坂東玉三郎、澤村宗之助(51歳)、中村吉之丞(57歳)、中村鶴松(29歳)、中村祥馬(21歳)

 

 新宿・東急歌舞伎町タワーのTHEATER MILANO-Zaで5月に初開催される、歌舞伎町大歌舞伎の「正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさづり)」(5月3日~26日、※休演・貸切日あり)で舞鶴役をつとめるのは、中村鶴松。

 鶴松がオーディションを受けて歌舞伎の初舞台を踏んだのは5歳の時で、ほとんど覚えていないながら歌舞伎にハマってしまったと語っている。早くから師匠の中村勘三郎(1955~2012)に「うちの子になってよ」と声をかけられ、小学5年生の時に部屋子になった。

 勘三郎没後も、中村勘九郎(42歳)七之助(40歳)兄弟の率いる中村屋一門がさまざまな形で公演を行う中で、主役に挑戦する機会も得ている。

「莟玉と鶴松は、いい役もついてきて、それぞれの家から応援されているのを感じます。きれいな若女形として注目されたふたりが、今後どういう役を見せてくれるかですね」