官能的な男女の快楽の園

 左パネルがエデンの園、右パネルが地獄、中央パネルは現世ということになります。この中央パネルでは全ての男女が裸体で、時に官能的でいかがわしく、堕落している様子で、まさに快楽の園という風景が広がっています。

 これまで七つの大罪の中のひとつである「邪淫」を戒める絵で、中央パネルに描かれている快楽に溺れた人間たちが行きつく先が、右パネルの地獄だと解釈されていました。しかしパトロンへの結婚祝いという説から考えると、男女の営みを祝う絵画だという全く違った解釈が出てきました。しかし、地獄に落ちる様子も描かれていることから、性愛を官能的に描きながらも戒めてもいるという、複雑な二極性がみられる作品だと思います。

 中央パネルはどこを拡大してみても、不思議で面白い生き物たちがこれでもかと出てくるので、切り取る場所に迷いますが、いくつかピックアップしてみましょう

 まず、画面上に描かれている4つの川が合流している池があり、その周囲に植物を思わせるような人工的な建造物が5つあります。そのなかの池の中央の建造物の周囲では、逆立ちをしている男女など、アクロバティックな交合をしていて、その下でも水につかりながら、エロティックな場面が描かれています。

《快楽の園》部分 1490-1500年 油彩・板 マドリード、プラド美術館

 その下の丸い池には女だけが入っていて、周囲を男たちが反時計回りに行列している様子がありますが、この意味は読み解かれてはいません。男たちは馬だけではなく、一角獣など想像上の動物たちに乗り、頭に鳥を乗せたりしています。 

《快楽の園》部分 1490-1500年 油彩・板 マドリード、プラド美術館

 行列の左には裸体の男たちが担ぎ上げた鳥の頭から足が突き立っていて、鳥のくちばしの上にはウサギがいます。その後ろの植物もキノコみたいなカサがあってその上の植物に逆さまにぶら下がっている人、下にはカサに閉じ込められている人がいます。

《快楽の園》部分 1490-1500年 油彩・板 マドリード、プラド美術館

 行列の右には木の実を持っている男女がいますが、これはアダムとエヴァを想起させる図像です。その前に邪悪や悪を象徴する大きなフクロウが居座っていて、その下の赤い実の中で裸体の男女が踊りまくっています。

《快楽の園》部分 1490-1500年 油彩・板 マドリード、プラド美術館

 その手前の水辺には細密に描かれた大きな鳥や、果物、裸体の人間がいます。ここは大きなものが小さく、小さなものが大きく描かれていることから、「逆さまの世界」と呼ばれています。好色を表すベリーや赤い実、貝など好色や性的な意味があるものを登場させ、果物の中や貝の中、いたるところで愛し合っている男女がいるという、快楽づくしと合成の幻想的イメージの満載としか言いようがない世界が繰り広げられています。水の中で男女が戯れる図像は「バラ物語」など中世からの伝統がりますが、ボス特有の奇想天外なものとして表現しています。

《快楽の園》部分 1490-1500年 油彩・板 マドリード、プラド美術館

 また、12~13世紀の動物寓話集(ベスティアリアム)や写本の周囲にも奇想天外な動物や合生物があったりしたので、この絵の登場する奇妙な生き物は初めてボスが表現したとは言えません。しかし、オリジナリティを発揮してボス独自の特異なものを描き出しています。生物が混合一体になっている、この奇妙奇天烈、不思議な幻想と怪奇のファンタジー溢れる世界を細部まで味わっていただきたいと思います。

《快楽の園》部分 1490-1500年 油彩・板 マドリード、プラド美術館