日本のものづくりが残っていく理由はどこにあるのか?

平澤良樹さん 早稲田大学社会科学部4年の平澤と申します。今、大学を休学して尾州で毛織物づくりをしています。村瀬さんと寺西さんにお聞きしたいことがあります。冒頭に中野さんが、新型ラグジュアリーが重んじる職人の手仕事の話もされたと思いますが、とはいえ、世の中は効率化・機械化の流れが主流です。こういう流れの中で、それでも日本のものづくりや手仕事が残っていく理由はどこにあるのか?また、どこまでが残って、どこまでが残らなくなっていくのか、についてどのようにお考えでしょうか?

寺西 価値観も多様化するなかで、それこそエルメスだとか、今のラグジュアリーブランドというのはこれからもなくなってはいかないだろうと思いますし、それに対して、我々のような新しい考えを持った人がどんどんこれからも出てくると思います。機械化だけが善でもないし、手仕事だけが善でもない。両方があってはじめて、お互いに価値があるというところが大事かなと思います。ユニクロさんもますます大きくなっていくでしょうが、ユニクロさんがあるからこそ、違った方向でいろんな人たちがアイディアを出していく。そこが豊かさだと思うので、僕は両方残っていくと思いますし、残るべきだと思います。

村瀬 文化って簡単に消えますよね。歴史を見ると、たとえば、リヨンのシルク産業というのが、国を挙げての産業だったんですけど、おそらく日本のトヨタくらいの規模の産業だったんじゃないかなと思うんです。それが今はほぼゼロに近い。時代の変化によってそういったことは起こりうるし、起こってきました。でも、ただ機能性とか便利さというのを追求していくと、シリコンバレーみたいになる。サンフランシスコには毎年行くんですけれど、かつては大通りにお店がいっぱい並んでいたところも今は空き家になっています。

 ものがインターネットで買えるように便利になったので街に行かなくていいですし、街にお店を出すと強盗が出てお店を出せないという状況になっています。フィットネスもオンラインでできるようになったのでスタジオが並んでいたところも空き家だらけで、ホームレスの方が道にテントを立てています。それが最先端のシリコンバレーのおひざ元のサンフランシスコで起こっている、便利さを求めた未来像なのかと思うとぞっとします。だからやっぱり人間味のある手仕事は残っていくんだろうなと思います。

 エルメスが今残っている理由を考えるのは大事ですね。もともと馬具から始まった会社で、車社会にシフトするときに、なくなってもいい会社ではあったと思うんですね。そのエルメスの当時の社長とルノーの社長が仲良しで、車の産業がもっと増えるにつれて、こういった手仕事はより価値が出てくるよねと考えたんですね。それで技術をカバンに替えたりとか、車に乗るときに使えるシルクスカーフにしたりとか、そういった時代変化に合わせていったところが、まだエルメスが残っている理由なんですね。

 時代の変化の中にきちんと対応していて、ある意味、そこで淘汰されるものも出てくると思うんですけれども、それはそういうものなんだととらえながら、50年後に、絞りっていうのが今の形と多分、違っているということを大前提として、僕らはものを作っている、売っているという考えです。

松井渉さん 富山から来ました、松井機業の松井と申します。富山県で450年続く絹織物をやっておりまして、最後の一社となっております。産地として一社しかないので、周りに協力できる方たちもいないので、自社で一貫生産しているようなところで、絹織物といっても絹と和紙を張り合わせて襖紙を作ってきました。ただ当然、襖の文化も和室の文化もなくなってきておりますので、僕らの世代で450年とか、まあ自社で言うと140年ちょっと続いてきた絹織物としての工場の体制をどう次に作っていくかに悩んでおります。

 最近増えてきたのが建材だったりインテリアだったり、アパレルも一部始めたり、少ない人数であっちやったりこっちやったりとしていますが、何かこう、一本決めきれない部分もあります。お二人が次の未来に向けて何にわくわくしていて、可能性が無限にある中で、そこから何を中心に選び取っているのか、お聞きしたいと思います。

寺西 日本にラグジュアリーができるかどうかっていうところもすごくワクワクはしているんですけれども。僕はエルメスで働いた経験はすごくよかったなと思っていまして。豊かな時間が流れていて本当に良い会社なんですよ。ただ、こういった会社がなんで日本にないのかなっていうのが、自分が独立したきっかけの一つでもあるんです。自分がエルメスで経験したことも踏まえながら、自分のMIZENをやっていくうえで、一番、目標というか敵というか、意識しているのがエルメスでして、エルメスにできないことは何なのかっていうのを常に考えています。

 たとえば、あまり表には出ないですけれども、エルメスといえどもやはり大量生産していますし大量廃棄もしています。あの彼らにできないことってなにか、判断する時に自分の中で考えてやっています。

村瀬 これまで15年かけて、日本の小さな田舎から世界にモノを出すっていうことをやってきて、本当にたくさんの方々に助けていただきながら、世界でビジネスをする動線は作れてきました。次にやりたいことは、我々が作ったものを使ってくださるユーザーの方々が、今度は産地に来て、人や地域を体感して、一緒に伝統を作るという気持ちになってもらえるようにすることです。

 伝統が400年続いてきたというのは400年使い続けてくれた人たちがいたわけで、その人たちと一緒にいたからこそ伝統が成り立ってきたんですよね。これが今、世界に広がったので、世界から産地にいらしてくれて、人と地域を体感していただければ、それはすごくいい関係性だなと思っています。そういったことが多分、従来のラグジュアリーブランドにはできないことかな。なので、次の15年はそういう人たちをこっちに呼ぶという動線を作りたいです。

中野 ありがとうございます。経験の裏付けのあるお二人の話は永遠に聞いていたいほど興味深いですが、本日はこれまでにいたします。コングロマリットのマーケティング論やクラシックなラグジュアリー論ではない日本発の新しいラグジュアリーの考え方というのは、世界に種を撒く絶好のチャンスにあるように見えます。というのも、世界的に流行している「クワイエット・ラグジュアリー」が、ブランドロゴよりも職人の仕事や本質的価値に目を向けるという意味で、日本の新しいラグジュアリーの世界観ともシンクロしている部分があるからです。もっと多くの議論を重ねて、お互いによい刺激を与え合いながら柔軟なネットワークが築かれていくことを願っています。

<追記>
日本発ラグジュアリーブランドを創ろうという動きはいくつか同時におこっており、羽田未来総合研究所が2023年11月15日に発表した「日本発の地方創生型ラグジュアリーブランド、ジャパン・マスタリー・コレクション」(12月22日、羽田空港第3ターミナルにオープン)のプロジェクトにおいても、suzusan、MIZENともにラインナップに加わっている。

◉日本発の地方創生型ラグジュアリーブランドを羽田空港から世界へ
「ジャパン マスタリー コレクション」
羽田空港第3ターミナルに2023年12月22日オープン
~日本各地の優れた素材・技術・感性を100年後も存続させるために~

 代表取締役社長の大西洋氏に中野が5月におこなったインタビューはこちらに。

◉ラグジュアリービジネスと日本、「翻訳不能な国」の勝ち筋は

 

*Special Thanks to ファッションビジネス学会、篠崎友亮@Fashion Studies、中嶋優衣@Meiji University