ラグジュアリーを必要としている人々とは?

中野 主体性を育てることはラグジュアリー教育だけじゃなくて、日本全体の教育に必要なのではないでしょうか。それでは会場の皆様からのご質問をうかがってみましょう。

Aさん ファッション誌の編集者をしております。海外にもお売りになっているということで村瀬さんにお聞きしたいのですが、今、後継者不足で、80代の方がまだ現役で、その方々がいらっしゃらなくなったら後が続かないのですが、最大の原因はお金が回っていないということ。そこを回すために海外でどのようにしていけば高い金額で日本の技術が売れるようになるかというアイディア、または、今の日本の売り方に足りないものがあったら教えてください。

村瀬 僕もこれをやったら売れるぞっていうやり方は全然していなくて、本当に泥臭いことを15年間やってきた結果が今なので、偉そうなことを言える立場にはないのですが。

 suzusanのターゲットとするペルソナとして、冷蔵庫の中にお醤油が入っていない人で、箸が使えない人を想定しているんです。そういう人を世界のターゲットにすると、もっとブルーオーシャンになるんですよ。世界の視点で見ると、冷蔵庫の中にお醤油が入っている方のほうが断然、少ないんですよ。僕らが抱えている当たり前の生活が、ぜんぜん当たり前じゃない人がいるっていうことをまず認識するのは大事かなと思います。

大田康晴さん 駒澤大学でテキスタイル産業について研究している太田康晴と申します。冒頭での中野さんのラグジュアリーの歴史の話というのは、社会の権力者というか、主流派の人たちが変わっていく中でラグジュアリーの定義も変わっていくという話だと思うのですが。現在、この新しいラグジュアリーを考えるときに、これからのラグジュアリーを必要としている人たちは、いったいどういう方々なのでしょう? 実際にビジネスをされているお二人に伺ってみたいです。作品の受け手の方がどういう方々で、そういう方々との繋がりをつくっていくためにどういう工夫をされているのか? もう一つは、その新しいラグジュアリーの担い手の人たちが横に繋がっていける可能性についてどういう風に感じていらっしゃるのか、お聞かせいただきたいと思います。

寺西 新しいラグジュアリーを欲している私たちの顧客層は、2種類に分けられるかなと思います。一つは既存のラグジュアリーブランドに飽きている方。やっぱり、新しいものを見つけたいということもあると思うんですが、我々の作品にはストーリーがありまして、一品一品、説明を素材から縫製に至るまで丁寧に伝えるのですが、そこに感動してくださいます。  

 もう一つは、日本の伝統産業を何とか残していきたいという意識を持たれている方。両方の意識をお持ちの方ももちろん多いです。それで我々は、そういった方々を連結する役割を担いたいと思っているんですね。

 これは僕の主観ですけれど、日本に大きなブランドができにくい原因の一つが、個々で動きすぎているところなんですよ。日本のそれぞれの企業に注目すると素晴らしい技術を持たれているんですけれど、幸か不幸か、素晴らしい技術を持っている会社が多すぎるのです。一社だったらそこだけに注目すればいいですが、あまりにも多く、皆さんがそれぞれに活動しているので、どれが本当で、どれが偽物かわかりにくい状況というのが日本にはあると思っています。それを連結し、みんなで一緒にやっていくということが、教育の面でも、企業活動の面でも必要かなと思っていまして、それをMIZENが担えたらなと思っています。

村瀬 新しいラグジュアリーの顧客像というところでは、いままではWhat とかHowということを語って済んでいた顧客から、Whyを求める顧客になりました。これまでは、これはペンであるとか、プラスチックで作られた製品ですよとかでよかった。でも今後はなぜこれを作るのかを語っていかなければと思っています。これだけのものやブランドがあるなかで、本来であればこれ以上ものを作る必要もないですし、ブランドが生まれる必要もない。じゃあなぜわれわれがブランドという形をとって物を作らなきゃいけないかということをきちんと説明できるようにしなければいけないなと感じています。

 有松のなかでも、職人さんの高齢化という現象はあります。でも実はヨーロッパの中でも高齢化というのがあって、それはバイヤーの高齢化なんですね。ヨウジヤマモトとかコムデギャルソンを40年前に一番最初に始めたの、というようなバイヤーで、エンドユーザーの方も同じように年をとっているんです。僕らの顧客も40アッパーの女性というところが多いです。

 逆に日本だと、最近は20代の若い男の子とか、男性のセレクトショップの取り扱いが増えています。そういった若い方々へのリーチの仕方として、Whyが必要となってくる。従来の、40アッパーの方々は物質的なWhatとかHow、どのように絞りが作られたのかとか、カシミヤのニットウェアですというところで話が済んでいました。でも、新しいラグジュアリーの顧客は、Whyや未来の話をしています。

中野 少しだけ補足させていただきますと、このブランドは社会に対してどういう貢献をしているか? という意識をもって購買行動をする若い方が増えています。SHIROという化粧品会社の会長さんにインタビューしたとき、驚いたのですが、今の20代の女性は口紅の色がかわいいという理由だけでは買わないといいます。この口紅を買うと何か社会に貢献できますか?と聞いてくると。その貢献効果が価格に含まれた時に納得して買う、というんですね。もちろん商品そのものが上質であることは大前提なのですが、そんな客層が厚くなっていく可能性はあります。