明るさを得た「花の静物画」
暗くて重いゴッホの静物画だが、「花の静物画」には明るく美しい作品が多い。第2章「花の静物画/《ひまわり》をめぐって」では、ゴッホが描いた花に注目する。
《ひまわり》の連作をはじめ、花の画家のイメージもあるゴッホだが、オランダ時代は花に興味を示さず、1886年にパリへ移るまでに描いた花の静物画は現在確認されている限り5点しかない。だが、パリに移住したゴッホは花を精力的に描くようになった。
そんな“心変わり”はフランスの画家からの影響が大きい。その一人が、「印象派の父」と呼ばれるエドゥアール・マネ。ゴッホが1888年8月に書いたテオへの手紙にこう記されている。「君はオテル・ドゥルオーの競売場で素晴らしいマネの作品を見たのを覚えているだろうか?明るい背景にばら色の大きなシャクヤクと緑の葉が描かれていた。全体の印象や花が何であれ、しっかりと厚く塗られていてジャナンとは違っていた。これこそ僕が、簡潔な技法、と呼んでいるものだ。僕は点描やその他の手段に頼らず、筆致の変化だけで筆の働きをみせるために努力している」。
展覧会にはマネがシャクヤクを描いた《白いシャクヤクとその他の花のある静物》が出品されている。印象派や新印象派のような細かなタッチではなく、簡潔で素早さを感じさせる筆遣い。ゴッホはマネの作品を見て、簡潔な技法で同系色を重ねていこうと考えた。そうした意識が形になったのが一連の《ひまわり》だ。
ゴッホの《ひまわり》はやっぱりいい
ゴッホは花瓶に生けられた《ひまわり》の静物画を生涯に7点描いた。そのうちの1点をSOMPO美術館が所蔵しており、今回の展覧会にも出品されている。「すでに何度も見たことがある」という人も多いだろう。かく言う記者もその一人だが、「マネからの影響」という視点で鑑賞すると、初めて見る作品に出会えたような新鮮さがあった。
ひまわりの花が同系色で厚塗りされているのは確かにマネっぽい。この《ひまわり》はロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵する《ひまわり》の模写とも言われている。だが、この厚塗りはロンドンのものには見られない。ゴッホは単に模写を制作したのではなく、色彩や筆致を探求していくためにこの絵を描いたのだろう。
この章では《ひまわり》が主役。だが、その隣にはファン・ゴッホ美術館から貸し出された《アイリス》が並んでいる。黄色い《ひまわり》と青紫色の《アイリス》。色彩のコントラストが美しく、「ゴッホの花の絵はやっぱりいいな」としばし見惚れてしまった。
第3章「革新/19世紀から20世紀」は、見たままの風景を写すという印象派の時代から脱却した革新的な作品を紹介する。太い輪郭線と大胆な筆遣いで石膏像を描いたゴッホ《石膏トルソ(女)》をはじめ、幾何学的な独自の様式を構築したポール・セザンヌやゴッホ作品に強い影響を受けたモーリス・ド・ヴラマンクらの作品が展示されている。
ひとつのテーマを深く掘り下げていく、見ごたえある展覧会。当初の開催予定から3年待ったかいがあった。