「爽醇一段仕込」とは
ところで「爽醇一段仕込」とは、どのような造りなのだろうか?
そもそも通常の日本酒造りは、蒸し米と麹米、水を混ぜ、アルコールをつくる微生物の酵母を大量に培養した液体である“酒母”の仕込みから始まる。この酒母をベースとし、3回に分けて蒸し米、米麹、水を足していくことで発酵を進めていく。
これが、いわゆる通常の日本酒の三段仕込み。一段仕込みとはこれを1回で完了させる方法で、濃醇な甘酸っぱい酒質になる、と杜氏の信木真一さんは説明する。それって、つまり酒母=完成ってこと?
「たしかに酒母に近い造りですが、わたしたちの“爽醇一段仕込”が、通常の酒母の仕込みと大きく違うのは20~25日、11~12℃で低温発酵させる点です。吟醸造りと同じ低温で管理することで、酵母の働きが抑制されてゆっくり醗酵が進むため、低アルコールとなり、大吟醸らしい芳香が生まれます」
通常、酒母は10~14日程度で完成させるのがセオリー。これは、醪(もろみ)の健全な発酵に必要な酵母と酸を増やすために造る、いわば日本酒の“スターター”だ。完成した酒母は非常に酸味が強く、香りも低いため、通常はそのまま飲むことはできない。
ちなみに『IKU'S SHIRO(いくす しろ)』は、原酒のままでアルコール9%。加水により薄めているのではない。端正でナチュラルな味わいが原酒らしい。
稲田本店の酒造りは、米を蒸す甑(こしき)以外、ほぼ人力。すべての酒が、昔ながらの蓋や箱で造る麹で仕込まれている。造りの時期は、泊まり込みで蔵人が3~4時間おきに麹を混ぜて温度を均一にするといった管理をする。麹をつくる「自動製麹機(せいぎくき)」も、蒸し米を機械で送る「エアシューター」もあるのに……基本的には使わない。蒸し米は布で包んで、蔵人がかついで、走って、ひたすら運ぶ。信木さん、なぜ?
「私が、手づくりが好きなんです(笑)。たとえばエアシューターを使うと、モーターの熱でどうしても内部の温度が上がり、蒸し米の熱がとれません。しかし、仕込みの際には蒸し米の温度を下げてから使いたいので、エアシューターで送るとかえって蒸し米を冷ますのに余分な時間がかかります。つまり、人の手で運んだ方が素早く仕込めるのです。蒸し米が叩きつけられることもありません」
あえて人力を選択し、感覚を研ぎ澄ます細やかな管理によって、稲田本店らしい酒質の違いが生まれるのかもしれない。
信木さんが率いる蔵人たちの手でつくられる『IKU'S SHIRO(いくす しろ)』。その爽やかな甘酸っぱさは、磯の香りやフレッシュな味覚によく合う。たとえば貝類。夏に旬を迎える鳥取産の天然岩ガキとの相性が抜群によい。生カキにレモン果汁を絞るような感覚でジューシーな酒質を楽しめる。
また、シャンパンのように、桃やイチゴなどのフルーツ、あるいはチーズケーキと合わせても、目が覚めるようなマッチング。新しくて、おもしろく、そして素直に美味しい。そんな日本酒の“ニューワールド”に足を踏み入れてみては!