「生産性向上」が謳われ、多くの企業が取り組むようになって久しいが、未だ成果を出せていない企業も多い。その理由はどこにあるのか。また、どのような取り組みが求められているのか。人材育成や組織論、経営戦略論を専門とする、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科の野田 稔教授に聞いた。
インプットの削減よりもアウトプットの増大を!
――「生産性向上」というキーワードを聞く機会が増えています。また、「生産性向上」を目標に掲げる企業や経営者もいます。この日本企業の現状をどう捉えていますか。
野田 生産性の向上は、経営マネジメントにおいて一丁目一番地と言えるほど重要なテーマです。生産性はインプットに対するアウトプットの割合で示すことができます。つまり、インプットを削減しつつアウトプットを増やせば生産性が向上します。
日本企業はインプットの削減は得意です。特に製造業のインプット削減の取り組みは世界トップレベルです。ところが、アウトプットの創出がなかなかできないのです。「創造生産性」という言葉もありますが、アウトプットを引き上げるには、これまでと異なる価値を生み出す必要があります。それはまさにイノベーションです。
――日本企業がなかなかイノベーションを起こせないと言われる理由もこのあたりにありそうです。
野田 ボトルネックになっているのはホワイトカラーです。日本企業は海外と比べてホワイトカラーの生産性がとても低いのです。価値を生み出していない人たちが高い給料をもらっています。お金だけでなく、時間も費やしています。
日本企業の中には価値を生まない行動が多すぎます。典型的なのが過剰な「報連相」です。以前、ある企業の若手社員から「職場改善活動にはどのような工数が必要で、どのような効果が期待されるのか、データはないか」と尋ねられたことがあります。話を聞いてみると、有志で業務改善活動を始めようとしたところ、上司から「どれほど工数がかかりどんな成果が期待できるのか数値を出してほしい」と言われたそうです。さらに、「人事部にも一応相談したほうがいいかも」「課長の私はよくても、部長が何と言うかな」などと言われ、いつになったら活動を始められるのやら、そんなに大がかりなことをしようとしているわけではないのに3か月もかかったというケースがありました。冗談話ではなく、この企業に限らず日本企業でよくある光景ではないでしょうか。
経営層やマネジメント層に求められる「無駄な報連相や忖度」の削減
――業務効率を上げて生産性を高めようとしているのに、なかなか前に進まないわけですね。なぜそのようなことが起きるのでしょうか。
野田 一口で言えば「不安」です。一般社員もマネジメント層も、自分の独断でやった結果、他の部署に迷惑をかけたりして叱られるのが怖いのです。そのために過剰な調整をするわけです。無駄な「報連相」、無駄な「忖度」です。
日本企業では上司に言われたことに対し、なかなか反論ができません。社長が「何が何でも売り上げ目標達成だ」と言うと、「そうは言っても8割くらいでいいだろう」と考える役員はいません。むしろ自分の地位を守るために、部下には120%の目標を課すでしょう。それを聞いた部長がさらに120%の目標を課長に下し、課長が一般社員に120%で下すと、最終的に当初よりだいぶ大きな目標を課すことになってしまいます。到底達成できる規模ではありません。そうすると何が起きるか。不正受注など、数字の改悪を行う人が出てきます。不正行為は極端な例ですけれども、人間の弱い心理によりそこまで追い詰められることもあり得ます。
他にも、会議の席で上司から「そういえば、あの件は大丈夫か」と確認されたり、場合によっては叱責されたりするのが嫌で、先回りして多くの時間とコストをかけて大量に資料を準備して印刷しておくケースもあります。
ある大手ソフトウエア企業では、会議資料をペーパーレスにし、資料はすべてタブレットで閲覧するようにしたそうです。「タブレットが使えない役員もいる」という声も出そうですが、毎回大量の紙の資料を用意するコストと時間があれば、それをITリテラシー教育にあてるほうが無駄を省けるし、意思決定も速くなるでしょう。
――グローバル化が進み、企業の経営環境は今後、ますます競争が激化しそうです。生産性の向上への取り組みが必須になってくるように思われます。
野田 その通りです。ただし、先ほどお話ししたように、インプットを削減するだけでは限界がありますし、社員も疲弊し、モチベーションも上がりません。創出する価値、すなわちアウトプットを増やすことが必要です。そこで重要になってくるのが経営層やマネジメント層の取り組みです。「本当に大丈夫なのか」と石橋を叩くのではなく、部下に権限を委譲しそのリスクを負うのが経営層やマネジメント層の役割です。形だけ権限を委譲し、失敗したらやった人の評価が下がるのでは、権限を委譲していないのと同じです。
ある銀行で、審査部の与信権限を各支店に委譲したことがありました。審査にかける時間を短縮し融資業務を迅速に行うためです。ところが、ふたを開けてみると、各支店から審査部への「お伺い」が増える結果になり、かえって審査に時間がかかるようになってしまいました。各支店が、自分たちの責任でミスを起こしてはならないと心配したからです。これではせっかくの権限委譲も本末転倒です。
リスク軽減のための標準化やマニュアル
――生産性の向上に向けて、新規事業など新しい価値の創造に力を入れる企業もあります。成功のためのポイントは何でしょうか。
野田 権限委譲と同様に、経営層やマネジメント層がリスクを取り、そのリスクの範囲内であれば、部下や若手社員に任せることが大切です。これまでやったことのない事業を始めようとしているのに100%の成功を求めるのはおかしな話です。ケース・バイ・ケースですので数字は出せませんが「○割が事業化できれば大丈夫」というくらいの考えで臨むべきでしょう。
そこで大切なのは新規事業の種です。企業によっては、本業を大切にしながら、その余力で新規事業を開発しようとするところもあります。今の日本では、既存事業と新規事業の割合は「9:1」ほどでしょうか。私はもっと、新規事業に経営リソースを割くべきだと考えています。「4:6」くらいでもいいのではないでしょうか。ベテラン社員はしっかりと既存事業を守り、若手社員は積極的に新規事業に取り組むという体制でもいいと思います。
――生産性向上を実現するためには、リスクマネジメントの観点も大切だということですね。リスクを軽減するためにはどのような取り組みが必要でしょうか。
野田 まずは自社の事業や製品・サービスのどこにリスクがあり、どのように対応すべきかを明確にすることです。例えば、自動車の安全性であれば絶対に譲れない基準があるでしょう。ただし、その基準を会議資料の作成方法にまで適用する必要はありません。
企業の活動にはそれぞれのリスクがあります。これをゼロにすることは現実的には難しいところです。その不安を取り除いてあげるのがマネジメントの役割です。「このやり方でやれば90%の確率で安全である」というのが業務設計です。業務設計を作るには業務の標準化が必要です。それをまとめたものがマニュアルです。ルーティンワークはできるだけマニュアル化したほうがいいでしょう。
工場のラインなどではもちろんマニュアル化されているでしょうが、ホワイトカラーの業務でも、マニュアル化できるものがたくさんあります。そこの初期設定が甘いと属人化してしまい、それぞれが不安に感じて屋上屋を架す「無駄」が生じてしまいます。
――ホワイトカラーの業務でも「これは○○さんが詳しいから説明してもらって」といったことが日常的に行われていますね。ナレッジが属人化してしまっています。
野田 新入社員が入ってくる度に特定の社員が説明するというのでは、その人のコア業務の時間を奪うことになります。また、その人のやり方が必ずしも正しいわけではありません。時代の変化により業務も変化します。大切なのは、そのナレッジをみんなで共有し、必要に応じて更新できるような仕組みを作ることです 。そこでマニュアルの出番です。つい先ほどもお話ししましたが、マニュアルを有効活用することで、業務を標準化し、属人化を解消することができるのです。ただ、そのためには留意いただきたいポイントが1つあります。
よくPDCAサイクル(Plan、Do、Check、Act)と言われますが、私はそこにSDCAサイクル(Standardize、Do、Check、Act)を加えたい。ある現場でPDCAサイクルを回してよい仕組みができたら、誰もができるような形で標準化(Standardize)します。そしてそれを他の部門やグループ会社などに横展開するのです。そうするうちに次第に標準化した業務もうまくいかないことが出てきます。そうしたらまたPDCAサイクルに戻って、標準化するまで試行錯誤することが大事です。
――グローバル化が進む一方で、国内では少子高齢化が進み人材不足が深刻化するなど、日本企業を取り巻く環境は楽観できない状況です。その中で生産性を向上させ、競争力を高めていくことができるのでしょうか。
野田 私はまだまだ日本企業はポテンシャルがあると思っています。いろいろな無駄があると言いましたが、逆に言えば、標準化を通して無駄をなくすことにより、新たな価値を生み出すことができるのではないでしょうか。
大手企業だけでなく、中堅中小企業も大きな伸びしろがあります。国内の多くの企業が価値創造型企業となることで、日本全体もV字回復すると期待しています。
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