ちなみに、作者が作品に込めた想いや工夫を見抜くには、「時間をかけて鑑賞する」ことがおすすめだ。ふだん、みなさんはひとつの作品にどれくらいの時間をかけているだろうか。私が美術館で実際に人々の鑑賞時間を測定した際には、1点あたりおおよそ30~40秒であった。アメリカの研究者でも同様の調査をした人がいるが、やはり40秒前後という結果であった。
3、40秒程度の時間でどれほど深く作品に迫ることができるか、正直、疑問である。もし、これと思った作品と出合ったら、ためしに3分間ほど向き合ってみるとよい。きっと、パッと見ただけではわからなかったことが次々に見えてくるはずである。
元々は栖鳳が飼っていたわけではない?
ところで、栖鳳がこれほど意を尽くして描いたこの猫だが、じつは元々栖鳳が飼っていたわけではなかった。あるとき栖鳳が沼津で滞在していた折、近くの八百屋の前の荷車の上で昼寝していたところを見かけ、栖鳳はその姿に中国南宋の風流天子・徽宗皇帝が描いた猫を思い出し、絵心が掻き立てられたのだという。
栖鳳は飼い主の八百屋のおかみさんに交渉し、猫を譲り受けて京都の自宅へと連れ帰った。そして画室で自由に遊ばせ、その様子を丹念に観察して本作を仕上げたのだった。
偶然の出会いから名作が生まれたわけである。猫のどういうところが栖鳳の心をそこまで動かしたのだろうかと想像しながら見るのも一興である。
本作には後日談も残っている。絵が完成したのち、この猫はふらりとどこかへ行って消えてしまったというのだ。考えようでは、まるで栖鳳に本作を描かせるために現れたようにも思われ、ちょっと不思議な話ではないか。
なお本作は、現在、12月4日まで山種美術館で開催されている「【特別展】没後80年記念 竹内栖鳳」に出品されており、今回は特別に撮影できるよう取り計られている(撮影はスマートフォン・タブレット・携帯電話に限る)。実物の「班猫」と出会う絶好の機会なので、お出かけになってみてはいかがだろう。