文=松原孝臣 写真=積紫乃

2021年4月に大阪で行われた世界国別対抗戦でのスピーカーの配置の様子 写真提供=(株)ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス

フィギュアスケートに欠かせない「音楽」

 フィギュアスケートに欠かせないものに、音楽がある。試合やアイスショーで選手が演技をしている最中、当たり前のように曲が流れている。でもそれは、決して当たり前ではない。(株)ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングスの音響プロデューサー重田克美の話はそう感じさせた。

 ヤマハとフィギュアスケートのかかわりは長い。1985年に東京・代々木体育館で行われた世界選手権で音響業務を担当。以降、NHK杯や全日本選手権、さらには日本で開催される世界選手権やグランプリファイナルなども含め、国内のほとんどの大会を担当している。また、数々のアイスショーも手がけ、「ファンタジー・オン・アイス」もその1つに数えられる。

「前提としていただきたいのは、私は何も特殊な人間ではなく、チームとして支えていく中の統括です。先代、先々代がいて今の担当者として私がいます」

 そう語る重田は、2009年のNHK杯から携わり、ひととおりスタッフ業務を経験したあと、2014年から全体を見渡す役割に就いた。

 重田はフィギュアスケートとヤマハとの歴史、音響がなす役割、現在手掛けているファンタジー・オン・アイス、記憶に残るスケーターの姿など多岐に触れた。

 

すべての曲を「数字」であつかう

 まずは、大会やアイスショーでの工程について語る。

「会場が決まり、会場に対しての観客席、仮設スタンドが作られるケースもありますよね、さらにリンクの位置が決まります。そこからトラスに何本吊るか、どこにスピーカーを設置するのかの設計図が作られます。トラスにはエキシビションやアイスショーのためのライトも付けられることになります。会場内の音響状態がどうなるかをシミュレーションしながらスピーカーの配置を決定します」

 会場ごとに広さや天井の高さは異なり、それによって音の響きも異なってくる。それを踏まえてシミュレーションは行われる。

 安全の配慮も欠かせない。一方向分のスピーカーひとかたまりの部分だけでも重量は約300kgにもなるという。ふだん試合やアイスショーを観ているときに意識することはあまりないが、それだけの重量物がリンクのはるか上にあることを意味している。

「万が一に備えて二重吊りしますが、万が一もないよう、細心の注意を払います。ケーブルなどの束ね用のビニールテープの巻き方にも、あるルールがあります。テープの一片がリンクに落ちただけでも事故につながりかねません」

 細心の注意を払うのは、スピーカーの設置だけではない。曲を間違えることなく流すための準備もそうだ。

「ショーだと比較的前もって音楽をいただきますが、試合は出場選手登録の日に持ち込まれます。NHK杯なら80曲ほど、世界選手権は約300曲になります」

 つまり試合が始まるまでそれほど猶予のないタイミングになる。しかもただ受け取っただけでは済まない。