文=鷹橋 忍

インド北部の都市デリーの巨大な赤い城塞「赤い城」 写真:PantherMedia/イメージマート

ムガル帝国の壮麗王シャー・ジャハーン

 緊急事態宣言も解除され、少しずつ日常を取り戻しつつある。気軽に海外旅行を楽しめる日も近いだろう。その日のために、今回はアジアに目を向けて、インド北部の都市デリーの巨大な赤い城塞をご紹介しよう。ムガル帝国の栄華と終焉を語る「赤い城(ラール・キラー)」だ。

 ムガル帝国とは1526~1858にかけて存在した、インド史上最大にして最後のイスラム王朝である。ティムール朝の建国者ティムールの子孫で、母方はチンギス・ハンの血統だといわれるバーブル(1483~1530)が建国した。「ムガル」とはペルシア語で「モンゴル人」という意味だという。

 赤い城を築いたのは、ムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーン(1592~1666 在位1628~1658)である。

シャー・ジャハーン

 シャー・ジャハーンは、ムガル帝国の最盛期を創りあげた人物だ。周辺諸国を平定・征服し、灌漑事業を促進させ、財政を豊かにした。美声で、物腰は極めて優雅でありながら、戦闘では飛び抜けて勇敢だったと伝わる。

 学者、文化人を保護し、芸術や建築を愛した。特に建築に関しては、歴代皇帝のなかで、最も情熱を注いだといわれる。先帝たちの残した建造物の多くを徹底的に改修し、白大理石で彩った。インド・イスラム建築は、シャー・ジャハーンの時代に頂点を極めた。ヨーロッパ人は彼に「壮麗王」の異名を付けたという。

 シャー・ジャハーンの建築物のなかで最も有名なのは、インド北部のアーグラに建つ「タージ・マハル」だろう。タージ・マハルは、亡き愛妃ムムターズ・マハル(生年不詳~1631年)に捧げた総大理石の白亜の廟だ。ムガル建築の最高傑作といわれ、1983年に世界遺産に登録されている。

タージ・マハル 写真=アフロ

 シャー・ジャハーンは、ムムターズ・マハルの死後、新帝都を築き、都をアーグラから、現在「オールド・デリー」と呼ばれるシャー・ジャハーナーバードに移している。「シャー・ジャハーンの都」という意味の名のこの新帝都は、1639年から10年の歳月を費やして造営された。

 シャー・ジャハーナーバードは、これまでのインドの帝都にはみられなかった城塞都市である。その中心をなしたのが、赤い城(ラール・キラー)である。