京都モラトリアム幻想と鴨川

 免許更新の帰り道。鴨川に座る等間隔のカップルたちを橋の上から眺めながら、「 16文キックで上(かみ)から順に蹴落としたりたい気分だぜ」とひとりで呟く。‟盆地テクノ”を標榜する同志社大出身のミュージシャン岡崎体育は、何者にもなれないまま、京都という街で悶々と青春を溶かすモラトリアムの景色をそんなふうに歌った。

 さきほど鴨川等間隔は対象との距離を持った客観的な名付けといったが、そうとも限らないのかもしれない。等間隔に座るカップルたちが織りなす鴨川の景色とそれを眺める自分との距離は、その手の届かない遠さゆえにとても主観的な感傷を搔き立てることもあるようだ。

 鴨川の存在感は21世紀に入り、以前より高まっているように思う。森見登美彦の諸作品や万城目学『鴨川ホルモー』など、ゼロ年代以降の若者に対して京都のイメージを決定づけた一連の京都モラトリアム・ファンタジーとでもいうべき作品群は、ほかの街では失われた古き良き牧歌的モラトリアムの日々が京都には存在しているという新たな古都幻想を構築した。そして、そこで描かれる、冴えなくて頼りなくも、自由で懐かしい日々はいずれも鴨川を背景に展開されるのが印象的だ。

 もちろん鴨川と京都の人々の親しい関係は長い歴史を持つものだが、このようなメディアによって構築される「観光のまなざし」という文脈では鴨川は新しい意味を獲得したといってもいいかもしれない。これまでのようにこの街で暮らす人々が二次会終わりに「鴨川いこか?」と誘う気安さだけでなく、遠くからやってきた若い旅人たちが「せっかく京都に来たのだから」とそれぞれの大切な物語を思い浮かべながら鴨川に腰を下ろすようになったということである。

 実情はともかく、京都は古都として「ほかの街では失われたものがこの街にはある」という、むしろ祈りのような幻想を引き受けることによって、特別な街であり続けてきた。多くの旅人が「自分の街では失われたもの」を探してこの街を訪れてきたが、それは歴史的な建築物や昔ながらの営みだけとはかぎらない。人々が「失われた」と感じるものは時代によって移り変わっていくからだ。

 何者でもないままそこにいても許される場所として鴨川が「発見」されたのは、まさにいまそんな場所がほかの街で失われたからだろう。

 お金を立派に使うことだけが旅じゃないし、旅で出会ったいちばん大切な時間はだいたい、そうじゃなかったということは誰でも知っていることだろう。とくに何者にもなれない自分のまま鴨川に座ったことのある、あなたなら。